中止の説明に残る疑問。表現の自由を守るため、何があったのか解明を
2021年05月31日
1974~75年に起きた連続爆弾テロ事件を追ったドキュメンタリー映画『狼をさがして』が、3月下旬から全国で公開されている。そうした中、上映館の一つ「横浜シネマリン」(横浜市中区)が4~5月、右翼団体から上映中止の圧力を受けた。同館は上映をやり抜いたが、そのさなか、神奈川県厚木市内の別の映画館が、この映画の上映を取りやめた。映画館側は、右翼団体の街宣活動で安全が脅かされる恐れがあったと説明するが、わずか1日足らずの間に上映中止を決めるなど、釈然としない点が残る。
3月27日、東京・渋谷の「シアター・イメージフォーラム」で封切られ、4月に入ると大分市や名古屋市、京都市、仙台市でも公開された。
横浜シネマリンの代理人弁護士らの説明によると、そこまでは右翼団体による街宣活動は見られなかったが、同劇場での上映初日の4月24日、街宣車2台が同館近くのバス通りで街宣活動をした。
シネマリンは、青江三奈の「伊勢佐木町ブルース」で知られる港町ヨコハマの粋な繁華街、伊勢佐木町の目抜き通りから1本奥の路地の地下1階にある。昔ながらの喫茶店や理髪店が軒を連ねる一角で、街宣車は大音量で「テロ事件を容認する反日映画だ」「上映料が東アジア反日武装戦線の活動資金源になっている」などと主張したという。
街宣活動は、昭和天皇の誕生日の4月29日には24日をはるかに上回る台数で行われた。さらに週末の5月8日と15日にも数台で実施された。
しばらくして警察官のほか、この映画の配給会社「太秦(うずまさ)」の小林三四郎代表が駆けつけた。小林代表が午後4時過ぎまで外で対応し、2人は一度引き上げた。だが、20~30分間の電話に続いて午後8時過ぎ、再び建物の外に姿を見せ、午後11時過ぎまで責任者との面会などを要求し続けた。
自らを「映画の多様性を重視した作品選定をし、市民に映画を提供している街の映画館です」とし、右翼団体の行為を「言論の自由を妨げるだけでなく、来場者、劇場スタッフに身の危険を感じさせる行為であり、到底許されるものではありません」と非難。「その主張は、映画の内容を歪曲(わいきょく)するもので、的外れな主張で相手を攻撃することは暴挙であり、これもまた決して許されるものではありません」と続け、「暴力的、且(か)つ的外れな抗議行動に決して屈することなく、上映を続けます」と決意を示した。
そして、その言葉通り、予定していた21日まで上映を続けた。
シネマリンは、前身を含めると70年近い歴史がある。ただ、八幡さんの手で再オープンしてからは、まだ7年に満たない。
運営会社を買い取ると、私財を5千万円以上投じて館内を大幅に改修した。スクリーンを一回り大きくするために前4列の座席を取って102席(約4割減)にしたほか、デジタルの映写機を入れたり、内装や照明、音響に手を入れたりした。
八幡さんの気さくな人柄もあって、常連客はチケット売り場や事務室にいる八幡さんを見かけると、世間話や映画談義をしてくる。映画ファンとともに大切にしてきた「街の映画館」が、言論によらない不当な圧力にさらされた。
『狼をさがして』の上映期間の終了後、八幡さんは取材に「連日多くの客が映画を見に来てくれた。応援のカンパや手紙もたくさんいただき、ありがたいことです」と話した。
シネマリンに7日に立ち入った右翼団体の2人は、「厚木市では上映を中止したのに、シネマリンはなぜ中止しないのか」と、しつこく迫ったという。
太秦の小林代表らは10日、東京都内で会見を開いて事情を説明した。
それによると、kikiの青松俊哉支配人から小林代表に1日午前、電話があった。電話で青松支配人は「右翼団体から警察に、5月8、9日の2日間の街宣車の道路使用許可の申請が出された」「スタッフや施設内の安全を何より優先したいので、上映を中止したい」と訴えた。小林代表は「翻意はできないのか」と聞いたが、青松支配人の意思は固く、やむなく受け入れたという。
会見で小林代表は、上映中止の決断には「じくじたる思いだ」としつつ、「不測の事態が起きたときには、(映画館という)表現の場を未来永劫(えいごう)失う可能性がある。より長期的な視点に立っての判断だったのだろう」と、kikiからの申し出に一定の理解も示した。
同席した太秦の代理人の馬奈木厳太郎(まなぎ・いずたろう)弁護士は「劇場は使用者として従業員を雇っている。コンプライアンスが厳しく言われる時代で、従業員たちの職場の安全配慮義務もある。表現の自由の問題があることは重々承知しつつ、そうしたことも考慮されたと思う」と述べた。
会見では繰り返し、映画館や配給会社の苦悩が強調された。表現の自由を守りたいという思いと、複合施設全体の安全を保たないといけないことへの板挟み。そのことは理解できた。一方で、解消されない疑問が残った。
まずは、青松支配人が小林代表に言ったという「右翼団体が5月8、9日の道路使用許可の申請を出した」との情報の出どころがはっきりしないことだ。
kikiは5月4日、上映中止の経過をホームページで公表した。その中で「4月30日に厚木警察署より、右翼団体から道路使用許可の申請があり、5月8、9日に劇場の周りで街宣車数十台で街宣活動を行う、との連絡があった」などと記した。だが、なぜかそのページは翌5日に削除された。
上映中止が決まる前日の4月30日にkikiと連絡をとった厚木市の職員によると、同日午前、厚木署から「横浜の映画館に右翼団体の街宣車が来ていて、kikiでも同じ映画を上映する。市役所として周辺の警備を考えているか」と聞かれた。すぐに情報を集めて内部で検討し、同日午後、厚木署に上映期間中の警備申請をした。その後、kikiに警備申請をしたことは伝えたが、「右翼団体から道路使用許可の申請が出ているとか、そういった情報は伝えていない」とし、市は情報の出どころではないと否定した。
さらなる疑問は、苦悩の決断にしては、あっさりとしているように見える点だ。青松支配人が、厚木市から警備申請をしたと伝えられたのは4月30日の午後。小林代表に上映中止の意思を伝えたのは翌5月1日の午前のことで、その日のうちに中止が発表された。上映初日までは、まだ1週間の余裕があった。
小林代表に、決断のタイミングについて改めて聞いてみた。小林代表としては「引っ張れば引っ張るほど混乱する。抵抗しても上映をやめたとなったら、非常に根が深くなる」と考えて、早めに決断したという。
青松支配人はどう考えているのか。話を聞きたくて5月上旬からkikiに何度も電話したが、不在が続いて話を聞けずにいる。kikiのスタッフによると、青松支配人は以前から体調不良を訴えていて、5月の大型連休明けから6月初旬まで休職届が出ているという。
「反日的だ」などとして映画の上映に圧力がかかったり、上映に「待った」がかかったりする事案は、神奈川県内だけでも近年、度々起きている。
韓国人元慰安婦らを取り上げた映画『沈黙―立ち上がる慰安婦』(朴寿南〈パク・スナム〉監督)は、2018年の茅ケ崎市や横浜市での上映会に続き、19年には相模原市緑区の上映会でも右翼団体による街宣活動などが行われた。だが、市民が警備にあたるなどして、いずれの上映会も実施された。
19年の市民映画祭「KAWASAKIしんゆり映画祭」では、慰安婦問題を扱った『主戦場』をめぐり、共催の川崎市が主催者に〝懸念〟を伝えた。上映はいったん見送られたが、映画ファンや市民が「表現の自由への公権力の介入だ」と抗議し、最終日に上映された。
社会の中で自粛や萎縮の空気が強まる中、表現の自由はギリギリのところで守られてきていた。
太秦としても、上映中止の決断はこれまでしたことがなかった。小林代表によると、青松支配人は4月30日の電話で、厚木市からの圧力は明確に否定したという。
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