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コロナ禍でも「55年体制」から脱しきれない政治とメディアの罪

専門家による基本的対処方針分科会は追認機関。旧態依然の「審議会方式」のまま

徳山喜雄 ジャーナリスト、立正大学教授(ジャーナリズム論、写真論)

 人類が未知の感染症に対応するには、政治と科学の連携が不可欠である。世界を震撼させている新型コロナウイルスも例外ではない。

 日本では、両者の連携は今、うまくいっているだろうか。新型コロナ克服のため、政治は専門家の知恵、いわゆる「専門知」を活かせているか。そして、メディアは科学的知見を踏まえた報道を的確に社会に提供できているのだろうか。

政権の手のひらで「茶番」を演じる専門家・メディア

 政府は、新型コロナ対応の緊急事態宣言の是非や発令時期について、関係閣僚会議で政府案(諮問案)を決めたうえで、専門家による基本的対処方針分科会に諮り、決定するという道筋をとっている。しかし、これは名ばかりで、実際には専門家が政府案に「お墨付き」を与える形でシャンシャンと決めていく。メディアも、政府案をあたかも決まったかのように報じ、流れができたうえで分科会は開かれている。

 これは、戦後昭和の日本政治を特徴付けた自民党一党優位の「55年体制」で典型的な「審議会方式」と何ら変わらない。分科会は単なる「追認機関」に過ぎず、審議は出来レース。専門家もメディアも政権の手のひらの上で、「茶番」を演じているかのようだ。メディアは自分たちが何を伝えているのか、よくよく考える必要がある。

基本的対処方針分科会で専門家が「反乱」

「基本的対処方針分科会」に臨む西村康稔経済再生相(右)と政府の対策分科会の尾身茂会長。この日、対策分科会は政府案に異議を唱えた=2021年5月14日、東京都千代田区

 5月中旬、基本的対処方針分科会で専門家が「反乱」を起こすという出来事があった。緊急事態宣言の適用をめぐり、専門家の異議申し立てによって政府が一転して方針を変えたのだ。新型コロナ対策における政権の独善的ともいえる運用に一石が投じられた。

 具体的に言えば、政府は当初、群馬など5県にまん延防止等重点措置を適用する方針だったが、分科会で専門家による反対論が噴出し、東京都や大阪府など6都道府県にだしている緊急事態宣言を、北海道、岡山、広島の3道県にも出すことを決めたのである(宣言期間は5月16~31日)。分科会の前身である専門家会議をふくめ、政府案を出し直すのは初めてで、異例の展開になった。

 振り返れば、政府は発生当初の2020年2月、新型コロナ対策について医学的な見地から助言をおこなう専門家会議を設置。「3密」を避ける呼びかけや、クラスター(感染者集団)対策を進めた。

 一方、専門家が繰りかえし情報を発信したことから、あたかも専門家が政策決定をしているかのように受け取られ、「前のめり」と批判された。そのようなことがあり、「第1波」が収束した20年7月、新たに経済や法学分野の専門家を加えた今日の分科会が設けられた。

 その後、政権は専門家の反対意見を聞き入れずに観光支援策「Go To事業」を強行し、対策が遅れて「第3波」の感染拡大につながった。さらに、大阪府などで出されていた緊急事態宣言を2月末に前倒しで解除したことにより、「これまでとまったく違う病態で恐怖すら感じる」(現場の医師)といわれる感染力の強い変異株のまん延を招いた。

 菅義偉首相をはじめ、政府が変異株の脅威を甘くみていたことや、自治体や専門家との事前の意思疎通が十分でなかったことが露呈した。要は、専門家の危機意識が伝わっていなかったわけだが、首相も経済活動や東京五輪開催に拘泥するあまり、「聞きたくない情報」に耳をふさいできたのではないか。

政府案転換が特大ニュースになったワケ

 5月中旬に話を戻せば、このときばかりは、ワクチン接種が進まないなかで、変異株が広がることへの危機感や、病床の不足など差し迫る医療崩壊への危惧を背景に、専門家が立ち上がることになった。首相ら関係閣僚が5県に重点措置を適用する方針を決めた5月13日夜、専門家らは「非公式の会合をオンラインで開いて対応を協議。『今の政府方針では感染を抑えられない』『単に原案を追認することにならないようにしよう』との意見で一致した」(朝日新聞5月15日朝刊)という。

 14日の分科会では、日本医師会の釜萢(かまやち)敏常任理事が議論の口火を切り、感染状況を示す自治体ごとの資料を示しながら、「ステージ4」(感染爆発)を示す赤色に区分けされている北海道を宣言対象に加えるように訴えると、他の委員もたたみ掛けるように対策強化を求めたという。

 厳しい批判にさらされた西村康稔経済再生相が「総理に相談させてほしい」と中座し判断を仰いだところ、菅首相は「専門家がそこまで言うなら仕方ない」(読売新聞5月15日朝刊)と言い、政府案を変更することになった。

3道県が緊急事態宣言の対象地域に追加されることが決まり、会見を終え引き揚げる菅義偉首相(左)と政府分科会の尾身茂会長=2021年5月14日、首相官邸

 政府が事前に用意した案を変えたことで、東京新聞をのぞく在京6紙は5月15日朝刊の1面トップで、「政府案一変 緊急事態」(朝日)、「3道県 緊急事態あす追加/専門家意見で転換」(読売)などと大きく報じた。一体、何が起こったのかと身構えるほどのセンセーショナルな扱いだった。

 何のための分科会だったのだろうか。単なる「追認機関」であったことが、言外に伝わってくる。番外の専門家の「反乱」はあったものの、亡霊のように生きつづける55年体制下の「審議会方式」が再現されてきたということではないか。そして、それと一体化した報道は、今回の出来事を深刻に受け止めるべきだ。

「お墨付き」の役割をでない専門家の存在

 だが、その後も報道や政府の対応には変化がほとんどみられない。

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