型破り裁判官の正義感に視聴者溜飲/決め台詞「職権発動」は時代劇を彷ふつ
2021年06月10日
舞台は東京地裁第3支部第1刑事部、通称イチケイの法廷だ。弁護士として担当した殺人事件で冤罪を主張しながら無期懲役判決となり裁判官に転身した入間みちお(竹野内豊)が主人公。東大卒でエリートコースの民事希望の坂間千鶴(黒木華)、無罪判決を数多く出してきた部長裁判官の駒沢義男(小日向文世)という同僚とともに、様々な事件の解明に向け独自の訴訟指揮をする姿が描かれる。
入間は裁判の過程でかすかでも疑問を抱くとやり過ごすことなく、真実の究明に乗り出す。毎回、「職権を発動します。裁判所主導で捜査を行います」と法廷で宣言。事件現場で検証したり関係者に聴取したりして、隠されていた事実を発見、想定されていなかった判決を導いていく。入間の常識外れのふるまいを敬遠していた坂間が徐々に変化していく。
しかし、その後、検察首脳の次長検事から聞いた「真犯人は国税庁OB」という話を録音し、記者会見で告発。そして、日高は最高裁長官の座を辞退する。
最高裁判事が司法の腐敗を内部告発することは、まずあり得ない。キャリア官僚が法を犯しても、噓をつき、しらをきるのが当たり前のような現実を前に、ひょっとして起こってくれないかという願望が、ストーリーとして展開しているのが「イチケイのカラス」だ。
森友学園の国有地売却にからむ財務省の公文書改ざんで、佐川宣寿財務省理財局長(当時)は、森友学園との交渉の記録は残されていたのに、面会記録を「廃棄した」と国会で答弁。その後、改ざんの方向性を決定づけたとして停職3カ月の処分を受けたほか、証人喚問では「刑事訴追のおそれがある」として、「答弁を差し控えさせていただきたい」と繰り返した。
改ざんに関わり自殺した近畿財務局職員が改ざんの経緯をまとめた「赤木ファイル」について、麻生太郎財務相も「存否も含め、答えは控える」と木で鼻をくくったような発言に終始した。
東京・池袋で2年前に乗用車を暴走させ母子を死亡させた旧通産省工業技術院元院長が「アクセルは踏んでいない」と、自らの責任を一貫して認めない姿勢も強い印象を残している。
国の政策に深く関わる官僚や政治家が謝罪するのは、逃げ切れない状況に追い込まれたときだ。正義感に駆られて、あるいは良心の呵責に耐えかねて、自身や組織の失敗、不正を表明するというのは幻想になってしまった。
この構造は、時代劇の様式美とぴたりと重なる。「大岡越前」しかり、「遠山の金さん」しかり。しらをきろうとする犯人に金さんが「この桜吹雪が目に入らねぇか」と諸肌を脱ぐ場面は、「イチケイ」でいえば入間の「職権発動」宣言であり、裁判長席から証人席に降りてきて語りかけるという実際の裁判所では起こりえない夢想である。
1987年に始まりトレンディードラマを生み出し一世を風靡したフジテレビの月曜夜9時からの連続ドラマ枠は、若い世代から支持された。スーツを着ない破天荒な検事の主人公を木村拓哉が演じ人気を集めた「HERO」(2001年)のような作品もあったが、月9といえば恋愛ものが中核だった。
しかし、胸キュンを追うドラマは袋小路に入り込み、10年代後半には月9の視聴率で過去最低の更新が続く不振に陥った。
さらに、フジテレビのリアリティー番組「テラスハウス」に出演したあとSNSで中傷されていたプロレスラー木村花さんが20年5月に自殺、番組は打ち切られたものの同局は非難を浴び、視聴者からの信頼を損ねた。番組の支持の一指標である視聴率でも、年間の「三冠王」を獲得したのは10年が最後。近年は民放キー局の4位が定位置となっている。営業業績に直結する視聴率の低迷で、17年以降、社長が2年ごとに交代、今年も5月24日に新社長の就任が発表された。
こうした厳しい環境のなか、「イチケイ」は月9に新たな風を吹き込んだ。これまでにないタイプのドラマを作った実績は、今後の反転につながるのでは、と感じている。
竹野内は肩の力が抜けた演技で
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