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フジテレビ月9で新境地開いた「イチケイのカラス」 刑事裁判描く異色作

型破り裁判官の正義感に視聴者溜飲/決め台詞「職権発動」は時代劇を彷ふつ

川本裕司 朝日新聞記者

拡大第10話の一場面(番組公式HPから)

公文書改ざんや虚偽答弁の現世。民の願望に応えるストーリー

 最高裁判事が司法の腐敗を内部告発することは、まずあり得ない。キャリア官僚が法を犯しても、噓をつき、しらをきるのが当たり前のような現実を前に、ひょっとして起こってくれないかという願望が、ストーリーとして展開しているのが「イチケイのカラス」だ。

 森友学園の国有地売却にからむ財務省の公文書改ざんで、佐川宣寿財務省理財局長(当時)は、森友学園との交渉の記録は残されていたのに、面会記録を「廃棄した」と国会で答弁。その後、改ざんの方向性を決定づけたとして停職3カ月の処分を受けたほか、証人喚問では「刑事訴追のおそれがある」として、「答弁を差し控えさせていただきたい」と繰り返した。

 改ざんに関わり自殺した近畿財務局職員が改ざんの経緯をまとめた「赤木ファイル」について、麻生太郎財務相も「存否も含め、答えは控える」と木で鼻をくくったような発言に終始した。

 東京・池袋で2年前に乗用車を暴走させ母子を死亡させた旧通産省工業技術院元院長が「アクセルは踏んでいない」と、自らの責任を一貫して認めない姿勢も強い印象を残している。

時代劇の様式美と重なる構造。現実には起こりえぬ夢想

 国の政策に深く関わる官僚や政治家が謝罪するのは、逃げ切れない状況に追い込まれたときだ。正義感に駆られて、あるいは良心の呵責に耐えかねて、自身や組織の失敗、不正を表明するというのは幻想になってしまった。

拡大「イチケイ」の裁判官、書記官、事務官ら(番組公式HPから)
 こんな現実を突きつけられてきた視聴者が、エンターテインメントとわかりながら、左遷など自らの不利益を顧みず裁判官や現場の地検支部の検事が「真相解明」に尽力する姿に溜飲を下げさせるのが「イチケイ」といえる。

 この構造は、時代劇の様式美とぴたりと重なる。「大岡越前」しかり、「遠山の金さん」しかり。しらをきろうとする犯人に金さんが「この桜吹雪が目に入らねぇか」と諸肌を脱ぐ場面は、「イチケイ」でいえば入間の「職権発動」宣言であり、裁判長席から証人席に降りてきて語りかけるという実際の裁判所では起こりえない夢想である。

拡大裁判長席から降りて被告人に語りかける入間(番組公式HPから)

筆者

川本裕司

川本裕司(かわもと・ひろし) 朝日新聞記者

朝日新聞記者。1959年生まれ。81年入社。学芸部、社会部などを経て、2006年から放送、通信、新聞などメディアを担当する編集委員などを歴任。著書に『変容するNHK』『テレビが映し出した平成という時代』『ニューメディア「誤算」の構造』。

 

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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