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【2】歴史的現実から遊離した「推論」

歴史研究は思いつきの陳列場ではない

加藤直樹 ノンフィクション作家

 関東大震災における朝鮮人虐殺否定論を主張するラムザイヤー教授の7つの問題点を1つずつ検証していこう。

その1「震災前も朝鮮人は犯罪をしていたから震災時もしたに違いない」という「推論」

拡大河目悌二「関東大震災朝鮮人虐殺スケッチ」(国立歴史民俗博物館所蔵)

 さて、ラムザイヤーがこの論文で朝鮮人虐殺に関連して展開している議論は、次の2つである。

 一つは、震災下の朝鮮人の重大犯罪やテロは、流言が伝えるほどの規模ではなくても実際にあったのであり、自警団の虐殺はこれに対する「報復殺人」であった――という主張であり、もう一つは、人口に関わる各種の数字を参考にすることで虐殺された朝鮮人の数を割り出そうとする試みである。

 まずは前者、朝鮮人の重大犯罪やテロは実際にあった――という主張から検討したい。念のために、虐殺事件についてのごく常識的な説明を掲げておこう。

 「関東大震災による極度の混乱の中で、この機会に乗じて朝鮮人が立ち上がり暴動を起こしたというデマがどこからともなく広がり…朝鮮人や社会主義者が放火をしている、井戸に毒を投げ込んでいるといったまったく根拠のないデマは…被災民に信じられ、各地で自警団を組織し、朝鮮人をみつけると捕えたり殺したりするという驚くべき事態が発生した」(伊藤隆「中間内閣と政党内閣」『日本歴史体系5 近代Ⅱ』山川出版社、1989年)

 これは、伊藤隆・東京大学教授の文章の一節である。伊藤隆は、かつて「新しい歴史教科書をつくる会」の理事を務め、現在もフジサンケイ系の育鵬社の歴史教科書の編集に参加していることで知られる。

 ところがラムザイヤーは、こうした常識的な歴史理解を真正面から否定して、次のように述べている。

 「奇妙なことに、歴史家たちは朝鮮人による犯罪に関する報告を決まってただの噂として片付けている。奇妙というのは、人口動態や政治状況から見て、それらが全くの作り話だとは考え難いからだ」
 「問題はこれ(朝鮮人の重大犯罪と自警団の虐殺:加藤注)が起きたかどうかではない。どれだけの規模で起きたかだ。より具体的には、(a)震災の混乱の中で、朝鮮人はどのくらい広範に犯罪を行ったのか、そして (b)自警団は実際に何人の朝鮮人を殺したのか――である」

 朝鮮人の重大犯罪やテロを伝える流言が「全くの作り話だとは考え難い」というのだ。その上、ラムザイヤーは自警団の虐殺を朝鮮人の犯罪に対する「報復殺人」と規定している。「朝鮮人による破壊行為の範囲を割り出そうとする際に陥る証拠の泥沼は、日本人による報復殺人の範囲を割り出そうとする際にも当てはまる」「彼ら(新聞)は朝鮮人の犯罪に関する異常なほど恐ろしい話や、日本人の報復に関する同様に恐ろしい話を報じた」といった具合である。

 何を根拠に、これまで事実無根とされてきた朝鮮人の重大犯罪やテロ行為が実際にあったというのだろうか。ラムザイヤーは、その根拠として以下の4つを挙げている(要旨)。

根拠①震災以前、朝鮮人は多くの犯罪や政治テロを行っていた。だとすれば、彼らが震災時にも犯罪やテロを行ったと考えるのが自然である。
根拠②震災当時に新聞各紙が多くの朝鮮人犯罪を伝えている。それらは誇張されているが、事実も含まれていると思われる。
根拠③日本政府が、朝鮮人の略奪、放火、強姦、井戸への投毒について、小規模だが実際にあったと認めている。
根拠④警察は震災で混乱し、捜査をしている余裕がなかったのだから、実際には日本政府も気づいていないもっと多くの朝鮮人犯罪があったに違いない。

 一見して分かるように、③以外は全て推論にすぎない。①②の推論を③の「事実」で補強し、さらに④で膨らませるという論理構造なのだろう。

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筆者

加藤直樹

加藤直樹(かとう・なおき) ノンフィクション作家

1967年、東京生まれ。出版社勤務を経てフリーランスに。著書に『九月、東京の路上で――1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから)、『NOヘイト!――出版の製造者責任を考える』、『さらば、ヘイト本!――嫌韓反中本ブームの裏側』(ともに共著、ころから)、『戦争思想2015』(共著、河出書房新社)、最新刊に『謀叛の児――宮崎滔天の「世界革命」』(河出書房新社)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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