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【3】日本政府は「朝鮮人の重大犯罪」を認めたか

「重大犯罪があったと宣伝せよ」と指示する政府の文書を誤読

加藤直樹 ノンフィクション作家

 ラムザイヤー教授による朝鮮人虐殺否定論の問題点、4つめのポイントに移ろう。

その4 日本政府が朝鮮人の略奪、放火、強姦などを事実と認めたという「誤読」

「怪しい朝鮮人」「不逞鮮人警戒」。扇情的な見出しでデマを伝えた関東大震災当時の新聞

 ここまでは、ラムザイヤーが震災時に朝鮮人が重大犯罪やテロを行ったという主張の根拠として提示できたのは、「震災前に多くの朝鮮人が犯罪やテロをやっていたから震災時にもやっただろう」「震災時の新聞が朝鮮人の重大犯罪やテロを報じているからその一部は事実だろう」といった推測のみであった。そしてそれらの「推測」を検証してみると、現実的な裏付けがなく、「思いつき」の域を出ないものであることも確認した。

 それに対して、これから取り上げる根拠③は、「日本政府が、朝鮮人の略奪、放火、強姦、井戸への投毒は小規模だが実際にあったと認めている」という一つの「事実」を提示するものだ。

 ラムザイヤーはこう書いている。

 「日本政府は、朝鮮人の中には実際に混乱に便乗して略奪、放火、強姦、(水源への)毒の混入を行った者もいたが噂されたような規模ではない、と結論付けた」
 「司法省が調査に乗り出し、以下のような結論になった。地震後5日間のうちに139件の火災が東京で発生した。そのうち8件は放火によるもので、うち3件が朝鮮人による放火と特定された」
 「9月1日から3日の間に起きた朝鮮人による犯罪として、殺人2件、殺人未遂4件、強盗6件、強姦3件、窃盗17件、横領3件、爆破物取り扱い違反4件があったと結論付けた。また水道に毒を混入しようとしている朝鮮人1人、爆弾1個を運ぼうとしている朝鮮人5人が見つかった」

 つまり、日本政府が朝鮮人の重大犯罪が実際にあったと具体的に認めているというのだ。

 果たしてそれは事実だろうか。ラムザイヤーがこの「事実」の出典として引用しているのは三つの文書である。文書が作成された時期の順に並べてみよう。

・「警備部大正十二年九月十六日協議事項 鮮人問題に関する事項」(1923年9月16日)
・「災害に基因する鮮人問題発表の要旨草案」(同年9月20日)
・「震災後に於ける刑事事犯及之に関連する事項調査書(秘)」(同年11月ごろ)

 いずれも『現代史資料6 関東大震災と朝鮮人』に収録されているもので、ラムザイヤーも同書から引用している。

 さて、ラムザイヤーは、この三つの文書について、当時の日本政府が朝鮮人の重大犯罪を認定した文書と考えている。ラムザイヤーはこの「認定」を大いに信頼しているらしく、何の根拠もなく「日本政府は朝鮮人の破壊行為について最も信頼できるものに限定して数えている」とも書いている。果たしてこの認識は正しいだろうか。

 結論から言えば、ラムザイヤーはこれらの文書を完全に誤読している。特に前の二つの文書は当時の日本政府が朝鮮人の重大犯罪が存在したことを認定したものでは全くないし、三つ目の文書も、それを根拠に「重大犯罪は実在した」と言えるような代物ではないのである。どういうことか。

「風説を徹底的に取調べ、之を事実として出来得る限り肯定」

 本連載の第1回で、ラムザイヤーは基本的な虐殺研究の蓄積をほとんど踏まえていないと指摘した。論文末尾に掲げられている参考文献中、姜徳相や山田昭次などの虐殺に関する研究書が全く挙げられていない(山田の英語論文が一つのみ)ことにそれは表れている。一方で、震災関連の参考資料の半分を『現代史資料6』収録の一次史料が占めている。

「不逞鮮人の暴動は風説か」と題する北海タイムズの記事(1923年9月10日付)。東京地裁の検事正が「さような事実は絶対ない」「(窃盗程度はあっても)流言の様な犯罪は絶対にない」と語っている
 『現代史資料6』は、虐殺関連の重要な史料を収録した重要な書籍だが、大量の史料がほとんど解説もなく詰め込まれており、研究の蓄積についての理解がないと、そもそもページをめくってもそこに何が書かれているのか文脈が理解できない。そのため、ネット上では、この本の中にトンチンカンな「新事実」を見つけるネトウヨがしばしば現れる。ラムザイヤーに起きているのも、そういう事態である。

 まずは、彼が挙げた三つの史料のうち、一つ目の「警備部大正十二年九月十六日協議事項 鮮人問題に関する事項」(『現代史資料6』p82)の原文を見てみよう。最初の行に

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