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諫早湾干拓問題で再びともった開門の灯──漁民と農民の和解の可能性

永尾俊彦 ルポライター

 干拓のため農林水産省が1997年に諫早湾(長崎県)を閉め切り、「ギロチン」と呼ばれて世間を震撼させてから24年。漁業被害に苦しむ漁民が諫早湾を閉め切った堤防排水門の開門を国に求めて提訴、2010年に福岡高裁が出した開門判決を民主党政権の菅直人首相が受け入れて判決が確定、「一件落着」したかに見えた。
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 だが、今度は開門すれば塩害などが起こるとして農民らが国を相手に開門差し止めを求める裁判を起こし、2017年に差し止めを命じる長崎地裁の判決が出る。
 国は確定判決の開門義務があるのに控訴せず、開門しないで有明海再生の100億円基金を創設する和解案を提示したが漁民側が拒否。2019年には開門差し止め判決も確定し、混乱を極めた。
 その裏には、農水省が描いた絶対に開門させない「シナリオ」があった。しかし、この4月28日、福岡高裁は前提なしの和解協議を呼びかけ、開門の灯が再びともった。

潮受堤防で仕切られた諫早湾。手前は諫早市小長井町、奥は雲仙市=2020年3月、本社ヘリ拡大潮受け堤防で仕切られた諫早湾。手前は諫早市小長井町、奥は雲仙市=2020年3月、本社ヘリから撮影

バレた「シナリオ」

 タイラギという高級二枚貝の潜水漁を中心に、諫早湾の閉め切り前、長崎県との県境に位置する佐賀県太良町大浦の平方宣清(ひらかた・のぶきよ)さんの水揚げ高は年間2000万円を超えていた。たが、閉め切り後は主力のタイラギ漁が壊滅、水揚げ高は数分の1に落ち込んだ。

かろうじてタイラギ漁ができた2011年2月、潜水を終えて船に上がる平方宣清さん拡大かろうじてタイラギ漁ができた2011年2月、潜水を終えて船に上がる平方宣清さん=撮影・筆者

 大浦の漁民の多くが、日当8500円で農家のタマネギ収穫を手伝い、糊口を凌ぐ。

 平方さんら開門確定判決を得た漁民は、地元農民の抵抗などを理由に開門義務を果たさない国に開門するまで罰金を払え(間接強制)と2013年に佐賀地裁に申し立て、認められた(2015年に最高裁でも容認)。

 漁民側弁護団によれば、国が確定判決を履行しないのは「憲政史上初」だという。

 罰金は当初は原告1人1日1万円だった。原告49人に1日1万円で49万円、1年で約1億8000万円だ。その後2万円に増額を求め、認められた。だが、罰金は有明海再生に使うため平方さんらは受け取らず、弁護団が管理している。「金ではない。豊かな海が再生すれば若い人が戻り、地域が活気づくんです」。漁業を離れた息子と、もう一度タイラギ漁をするのが平方さんの夢だ。

タイラギの貝殻(右)とカゴの中のむき身拡大タイラギの貝殻(右)とカゴの中のむき身=撮影・筆者

 だが、不漁にあえぐ原告以外の漁民の中には、「高額所得者」になった平方さんらをねたみ、対立や分断が生まれてしまったという。

 漁民側が罰金の申し立てをすると、国は結論が出る前に直ちに漁民相手に「開門を強制するな」という裁判(請求異議訴訟)を起こした。けれども、確定判決の強制執行の権利を奪うことが安易に認められるはずはなく、2014年、一審佐賀地裁で国は敗訴し、福岡高裁に控訴した。

 他方、並行して行われていた長崎県の農民らが国に開門差し止めを求めた裁判では、長崎地裁の松葉佐隆之裁判長は判決では決着がつかないと見て和解を勧告(2016年1月)、協議が始まった。

 農水省は、漁民からは開門、農民からは開門差し止めを求められ、「板挟み」と言っていた。だが、開門判決確定後の開門準備工事で、着工期日を事前に農民側に教え、阻止させるなど本音では開門したくないのは明白だった。

 その上、三権分立のはずなのに行政(農水省)の本音に司法(長崎地裁)が肩入れしていた疑いがある。同地裁の判決前に出された和解の勧告文中にこんな趣旨の一節があった。

 「長崎地裁で開門差し止めを認める判決が出て確定すれば、すでに確定している開門判決に基づく強制執行(間接強制)を『開門を強制するな』裁判で福岡高裁が認めない可能性は低くない」

 だから、漁民側は開門しない代わりに国が支払う「解決金」で和解しろというのだ。強制執行が認められなければ罰金の支払いは止まり、国の頭痛のタネがなくなる。

 漁民側弁護団の馬奈木昭雄団長はこれを読んで驚愕した。以下のような「シナリオ」が長崎地裁と農水省(国の代理人の訟務検事)との間でできていたということが「バレ」たからだ。──開門確定判決を差し止める判決を長崎地裁が出せば、国は控訴せず、同地裁の開門差し止め判決を確定させる。そして、開門差し止めの判決も確定したということを福岡高裁で審理中だった「開門を強制するな」裁判で、国が主張していた「事情変更」(開門確定判決の後に開門準備工事が地元の反対でできなくなったなど事情が変わったから開門できないという主張)の論拠に加える──。

馬奈木昭雄弁護士拡大馬奈木昭雄弁護士=撮影・筆者

 馬奈木弁護士は、裁判長を問い詰めた。

 「そもそも長崎地裁の判決がまだ下されてもいないのに、それが差し止めを認める判決であり、しかもそれに国が控訴しないで確定するということがなぜ想定できるのか。裁判長のその想定の根拠は何か」
 (注)『環境と正義』(2019年11/12月号、馬奈木昭雄「よみがえれ!有明訴訟 最高裁判決の持つ意味」)

 裁判長は、答えられない。馬奈木弁護士が約1時間も繰り返し問い詰めるが、沈黙のまま。同席した平方さんによれば、「裁判長の顔は真っ赤、手はブルブル震えていました」。

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筆者

永尾俊彦

永尾俊彦(ながお・としひこ) ルポライター

1957年、東京都生まれ。毎日新聞記者を経てルポライター。1997年の諫早湾の閉め切りから諫早湾干拓事業を継続的に取材。著書に『ルポ 諫早の叫び──よみがえれ干潟ともやいの心』(岩波書店)、『ルポ「日の丸・君が代」強制』(緑風出版)、『国家と石綿──ルポ・アスベスト被害者「息ほしき人々」の闘い』(現代書館)など多数。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです