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学校は多様性を受け入れるしかない

そうでなければ結局、社会に出てから苦労することになる

赤木智弘 フリーライター

 栃木県足利市で学校制服を巡って、興味深い問題が発生した。

 栃木県立足利高等学校と栃木県立足利女子高等学校が統合されて来年4月に開校する「栃木県立足利高等学校」で、多様性配慮のために用意された「準制服」と呼ばれる制服が、新入式などの式典で着用できないことが、栃木県教育委員会定例会から指摘され、問題になったのである(「多様性配慮の「準制服」式典で着られず? 新足利高巡り疑問の声」下野新聞SOON2021年6月13日付)。

「制服」と「準制服」を区別する正当な理由はあるか

拡大Shutterstock.com

 僕は栃木県の佐野市で生まれて育った。足利市はお隣なので、もちろんよく知っている。

 僕の時代には、栃木の公立高校は男女別学が多かったが、少子化などの背景もあり、共学化が進んでいる。僕の出身高校である佐野高等学校も2011年度に男女共学となった。そうした流れで、足利高等学校も2022年度から男女共学となる。

 栃木の県立高校の制服といえば、昔ながらの詰め襟とセーラー服が多い印象が強い。しかし今は2020年代。学校側も多様性に配慮して、ジャケットにワイシャツ、ネクタイの「準制服」を用意した。ところがこの準制服が、入学式などの式典では着用できないという。

 つまり学校生活で準制服を使うためには、式典用にわざわざ詰め襟やセーラー服の「制服」を用意しなければならないということらしい。

 そもそも「制服」と「準制服」を区別するだけの正当な理由はあるのだろうか。どうせ「伝統」だとか、その程度のごく一部の学校関係者以外には一切関係のない、非常につまらない理由ではないのだろうか。

 百歩譲って制服と準制服を明確に分けるとしても、その用途に関する記載で「制服、並びに準制服」としてまったく同じ運用にしてしまえばいいだけのことなのだから、まともな大人がいれば指摘された時点で修正して簡単に解決するはずの問題である。

 そもそも「多様性に配慮」と称して用意されたジャケットは、本当に「無難」としか言いようのない普通のジャケットだ。ネクタイの色さえ変えれば冠婚葬祭に着ていったって特に問題なさそうなデザインである。その程度の服を「学校式典での着用はできない」というのは、本当に意味が分からないとしか言いようがないのである。

 そして、ここから先はそもそも論になってしまうのだが、ジャケットにワイシャツネクタイ、そして下はスラックスなら、別に制服でなくても普通のビジネススーツでいいではないか。

 制服を完全に廃止して、私服なら何でもいいというと、華美な服装が、贅沢が、自由をはき違えた云々という話になるかも知れないが、スーツならある程度の色を指定しておけば、全員が違ったスーツを着ていたとしても、おかしなことにはならないはずだ。

 学校のマークが必要なら校章バッジをジャケットにピン止めでもしておけばいいのであって、わざわざ学校独自の制服を指定する必要はないだろう。

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筆者

赤木智弘

赤木智弘(あかぎ・ともひろ) フリーライター

1975年生まれ。著書に『若者を見殺しにする国』『「当たり前」をひっぱたく 過ちを見過ごさないために』、共著書に『下流中年』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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