外国人住民は社会を共に作る欠かせない仲間。尊重される世の中に
2021年06月25日
5月18日、政府・与党は人権上のさまざまな問題点が指摘されていた入管法「改正」案の通常国会での成立を断念した。
声明は、「改正」案が事実上、廃案になったことは「『自分たちが生きる社会で痛めつけられ、尊厳を傷つけられ、さらには生命さえ奪われる人がいることは許せない』という、まっとうな人権感覚をもつ市民一人ひとりが抗議の声をあげた成果」であると位置づけた上で、「この廃案にいたるプロセスは、『一人ひとりが声をあげれば、社会を変えることができる』という希望を感じさせるもの」であったと評価した。
だが、声明の後半には、名古屋入管で亡くなったウィシュマさんの死の真相が依然として明らかになっていないことや、過去25年間に明らかになっているだけで21人が亡くなった入管の収容施設に今も多くの外国人が収容されていること等を指摘した上で、「戦後一貫して、移民・難民の人権を踏みにじり、外国人差別を作り出してきた入管体制は今も続いている」という記載もあった。
入管法「改正」案への反対運動に参加してきた私も、同じ思いを持っている。「改正」案は、難民認定の申請が2回却下された後は、手続き中であっても退去の強制を可能にする規定が盛り込まれている等、入管の裁量を拡大し、今以上に外国人の人権状況を悪化させかねない内容になっていた。
市民と野党の力で、法「改正」を阻止したことは大きな成果であったが、外国人の人権が保障されていない現状の入管行政が改善されたわけではないからだ。
難民認定の申請中などで在留資格がない外国人は、就労が認められておらず、生活に困窮しても生活保護などの公的支援を利用することもできない状況に置かれている。
私たち生活困窮者支援団体が外国人支援団体とともに東京都内の教会で開催した「ゴールデンウィーク大人食堂」(5月3日と5日)にも、2日間で約150人もの外国人の相談があったが、その多くは入管の収容施設を仮放免中で、在留資格のない人たちであった。国籍別で見ると、ナイジェリア、カメルーン、エチオピア等のアフリカ出身の方が最も多く、次にミャンマー、ネパール、トルコなどのアジア諸国の方々も多かった。
「大人食堂」の医療相談にも参加してくれたNPO法人「北関東医療相談会」は、関東地方全域で、外国人の医療や生活の支援に取り組む支援団体である。
6月4日、同会は厚生労働省の記者クラブで記者会見を開き、在留資格がないために医療を受けられない外国人の治療費の寄付を呼びかけた。
在留資格のない外国人は、生活保護や国民健康保険などの社会保障制度から事実上、排除されているため、コロナ以前から医療へのアクセスが悪いことが問題になっていた。唯一、活用できる施策としては、低所得者などに医療機関が無料または低額で診療を行う無料低額診療事業があるが、同会によるとコロナの影響で医療機関の経営が悪化したことや、貧困が広がり、事業の利用者が急増したことから外国人の診療が断られるケースが目立ってきているという。
無料低額診療事業が使えない場合、治療費を10割負担で支払わなければならないが、医療機関によっては外国人に対して200%の負担を求めるところも出てきているという。
また、従来は日本で働くことのできる在留資格を持っている同国人からの支援で生活をしてきた人もいるが、コロナ禍の影響で、失業をする外国人が増え、「共助」も崩壊しつつある。
そんな中、今年1月には難民申請中のカメルーン人女性、レリンディス・マイさん(42歳)が、適切な医療を受けられなかったため、全身に転移したがんで亡くなってしまう、という事態も起こっている。医療へのアクセスが閉ざされることは命の問題に直結するのだ。
「北関東医療相談会」が開いた記者会見では、卵巣がんのステージ3と診断され、手術や抗がん剤治療に約500万円が必要と言われた40代の女性や、尿管結石と診断され、胆嚢摘出が必要であるが、約200万円の治療費が必要と言われた男性、重度の糖尿病のためICU(集中治療室)で治療を受けていたが、治療の継続が困難になっている仮放免中の男性の3人の事例が紹介された。
記者会見で報告をおこなった同会スタッフの大澤優真さんによると、40代の女性にはお子さんがいて、お子さんがお母さんの状況を見かねて、がんセンターに「お母さんをどうにかしてほしい」と訴えに行ったが、断られてしまったそうだ。
「その時のお子さんの気持ちを考えて、いたたまれない気持ちになりました。日本人だと助かるかもしれない命が、外国人だから奪われてしまう。この問題をぜひ自分ごととして捉えてほしいと思います。」と大澤さんは語る。
記者会見のニュースが報じられ、500万円を超える寄付金が集まったことにより、卵巣がんの女性の治療の目処は立ったそうだ。同会では他の方の治療費の寄付を継続して募集しているので、ぜひ寄付へのご協力をお願いしたい。
※寄付先の口座:ゆうちょ銀行振替口座「アミーゴ・北関東医療相談会」
記号:00150-9-374623(通信欄に必ず「仮放免者への寄付」と記入)
だが、この記者会見への反響は、好意的なものだけではなかったそうだ。
「外国人はその所属する国があるから、その国が支援すべきだというのは、筋が通っているように聞こえますが、実際には国民国家の狭間で、どこからも支援を得られない人がいます。そういう人に『国に帰れ』という言葉を投げつけても問題は解決しません」
「今の日本社会で、多くの外国人はお客さん、『客体』ではなくて、『主体』になっています。都会に住んでいると、コンビニや牛丼店などで働く外国人を見かけないことはなくなりましたし、地方でも農作物やタオルの生産に外国人は欠かせません。外国人を一緒に日本を作っていく『主体』だと捉えれば、日本とつながりのある人の処遇もおのずとポジティブに考えていかれるのではないでしょうか」
では、外国人の医療や生活の保障はどのように実現すればよいのだろうか。
「一番良いのは生活保護の適用です。厚生労働省は、在留資格で生活保護を準用できるかどうか、分けています。このこと自体、再考する必要がありますが、さしあたりは『国に帰れない事情のある人』も生活保護の対象にすべきだと思います。また、さしあたり、無料低額診療事業への財政支援を強化することも必要です」
大澤さんは、在留資格のない外国人の就労を認めず、生活保護も認めない国の政策を「間接的な殺人行為」と批判していた。この言葉を重く受け止めたい。
コロナ禍における外国人の困窮は、在留資格のある外国人にも広がっている。
6月12日に「住まいの貧困に取り組むネットワーク」が開催した「外国人住民の生活困窮―すべての人に居住保障を」という集会では、「移住者と連帯する全国ネットワーク(移住連)」運営委員を務める稲葉奈々子・上智大学総合グローバル学部教授がコロナ禍における外国人の貧困の背景を解説する講演をおこなった。
昨年春、反貧困ネットワークは、コロナ禍で生活困窮者が急増していることに対応するため、寄付金をもとにした「緊急ささえあい基金」という現金給付(1人2万円)のプログラムを開始した。昨年5月以降は、移住連の貧困対策プロジェクトチームも参加して、生活に困窮する外国人への給付も開始した。
以来、今年の5月末までに「緊急ささえあい基金」への外国人からの申請件数は1337件(4118万9920円)にのぼっている。支援のために拠出した総額の約7割を外国人が占めていることになる。
このように外国人が困窮する理由について、稲葉教授は「困窮する要因が日本社会の側にある」と指摘をする。
「なぜ困窮したのかを端的に言うと、日本の法律や制度が外国人であるからと言ってペナルティを課すような仕組みになっているから、と言わざるをえません」
「首相が『最後には生活保護がある』という趣旨の発言を国会でしましたが、その生活保護も外国人には権利として保障されていません。中長期の在留資格の方は生活保護を利用することはできますが、それは権利としてではなく、行政措置による『準用』になっています」
「留学生や技能実習生など、日本での活動が限定されている在留資格では、そもそも失業することが想定されていない資格なので、生活保護や他の生活困窮者向けの制度を利用することができません」
「定住」や「永住」の在留資格を持っている人は、生活保護の「準用」の対象となっているが、実際には申請しない人がほとんどだと言う。その背景には、安定した在留資格があっても、「次に取り消されるかもしれない」という恐怖があるからだと稲葉教授は指摘する。
「今回、私も何人もの方に生活保護を勧めました。私も実際、生活に困窮している外国人に『受給できるし、こうなったら使った方が良いですよ』と言うのですが、『在留資格が更新されないと困る』、『永住資格がもらえなくなる』という理由で拒まれました」
「生活保護を申請したら、在留資格を更新できなくなるとはどこにも書いていないのですが、実際には上述の例のように入管では言われます。永住資格を得るためには、『公共の負担となっていないこと』が条件になっています。日本に長く住み、子どもがいると、早く安定した資格がほしいと思うので、生活保護をためらう人が少なくありません」
その一方で、生活困窮者自立支援制度や求職者支援制度には国籍要件は存在しないものの、現実には、日本語の読み書きができないと利用できない仕組みになっているという。稲葉教授は特に求職者支援制度で日本語習得のプログラムがないことを問題視している。
「求職者支援制度は、職業訓練を受けて転職をするための仕組みです。外国人の場合は、日本語を習得することが最も有効な職業訓練になります。このことは厚労省も認めているのですが、『日本語教育は職業訓練に含まれない』という考えのために、求職者支援制度も事実上、使えません」
また、日本人や永住者の配偶者という在留資格を得ている人は、離婚すると資格が失われるため、非常に不安定な立場に置かれているが、コロナ禍の影響でDVが増加しているため、暴力を受けながらも離婚に踏み切ることができない人も増えているという。
この状況を稲葉教授は「外国人女性の場合、DVの暴力だけでなく、制度的暴力を経験させられている」という言葉で表現している。
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