北野隆一(きたの・りゅういち) 朝日新聞編集委員
1967年生まれ。北朝鮮拉致問題やハンセン病、水俣病、皇室などを取材。新潟、宮崎・延岡、北九州、熊本に赴任し、東京社会部デスクを経験。単著に『朝日新聞の慰安婦報道と裁判』。共著に『私たちは学術会議の任命拒否問題に抗議する』『フェイクと憎悪 歪むメディアと民主主義』『祈りの旅 天皇皇后、被災地への想い』『徹底検証 日本の右傾化』など。【ツイッター】@R_KitanoR
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
憲法問題とともに、考えるべきもうひとつのこと
宮内庁長官の発言が、久しぶりに大きなニュースになった。
6月24日、西村泰彦長官の定例記者会見。発言は天皇陛下が名誉総裁を務める東京五輪・パラリンピックについて、「陛下が新型コロナウイルスの感染状況を心配し、開催が感染拡大につながらないか、ご懸念されていると拝察している」と述べたものだ。
西村氏は「私が肌感覚として受け止めているということ」と断り、「直接そういうお言葉を聞いたことはない」とも説明した。これを受けて加藤勝信官房長官は同日の記者会見で「宮内庁長官自身の考えを述べられたと承知している」と答えた。また菅義偉首相も翌25日、「(西村)長官ご本人の見解を述べたと理解している」と語った。
一連の発言を字面だけ追うと、西村氏が今回、単に個人的な見解を述べたようにも見えるかもしれない。しかし、西村氏が今回わざわざ「直接そういうお言葉を聞いたことはない」と断っているにもかかわらず、天皇陛下の意向を踏まえず長官が独断で発言したと見る向きは少ない。
記者会見で発言を聞いた担当記者たちは、「これはニュースになる」と直感したことだろう。以下のように念を押した。
「仮に拝察でも長官の発言としてオンだから、報道されれば影響あると思うが、発信していいのか」
長官の意図を見きわめ、記事の書きぶりを判断するための質問だ。記者としてのスイッチが入った瞬間といっていい。西村氏はこう答えた。
「はい。オンだと認識しています。私はそう拝察し、感染防止のための対策を関係機関が徹底してもらいたいとセットで」
「オン」とはオン・ザ・レコード(オンレコ)、つまり記録・公開されることを前提とした発言という意味。オフ・ザ・レコード(オフレコ)の対義語だ。つまり西村氏は今回、思わずぽろりともらしたのではなく、むしろ広く報道してほしいという意図をもって発言したことを、記者たちもここで確認したといえる。