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天皇陛下の懸念を「拝察」した宮内庁長官発言の意味と背景

憲法問題とともに、考えるべきもうひとつのこと

北野隆一 朝日新聞編集委員

 宮内庁長官の発言が、久しぶりに大きなニュースになった。

 6月24日、西村泰彦長官の定例記者会見。発言は天皇陛下が名誉総裁を務める東京五輪・パラリンピックについて、「陛下が新型コロナウイルスの感染状況を心配し、開催が感染拡大につながらないか、ご懸念されていると拝察している」と述べたものだ。

 西村氏は「私が肌感覚として受け止めているということ」と断り、「直接そういうお言葉を聞いたことはない」とも説明した。これを受けて加藤勝信官房長官は同日の記者会見で「宮内庁長官自身の考えを述べられたと承知している」と答えた。また菅義偉首相も翌25日、「(西村)長官ご本人の見解を述べたと理解している」と語った。

発言には報道してほしいという意図があった

宮内庁の西村泰彦長官=2019年12月17日、東京都千代田区宮内庁の西村泰彦長官=2019年12月17日、東京都千代田区
 一連の発言を字面だけ追うと、西村氏が今回、単に個人的な見解を述べたようにも見えるかもしれない。しかし、西村氏が今回わざわざ「直接そういうお言葉を聞いたことはない」と断っているにもかかわらず、天皇陛下の意向を踏まえず長官が独断で発言したと見る向きは少ない。

 記者会見で発言を聞いた担当記者たちは、「これはニュースになる」と直感したことだろう。以下のように念を押した。

 「仮に拝察でも長官の発言としてオンだから、報道されれば影響あると思うが、発信していいのか」

 長官の意図を見きわめ、記事の書きぶりを判断するための質問だ。記者としてのスイッチが入った瞬間といっていい。西村氏はこう答えた。

 「はい。オンだと認識しています。私はそう拝察し、感染防止のための対策を関係機関が徹底してもらいたいとセットで」

 「オン」とはオン・ザ・レコード(オンレコ)、つまり記録・公開されることを前提とした発言という意味。オフ・ザ・レコード(オフレコ)の対義語だ。つまり西村氏は今回、思わずぽろりともらしたのではなく、むしろ広く報道してほしいという意図をもって発言したことを、記者たちもここで確認したといえる。

「オモテ」と「オク」、意向を日常的に聞く側近

61歳の誕生日を前に記者会見に臨む天皇陛下=2021年2月19日午後、赤坂御所、代表撮影61歳の誕生日を前に記者会見に臨む天皇陛下=2021年2月19日午後、赤坂御所、代表撮影
 宮内庁で天皇陛下の意向を日常的に直接聞く立場にいるのは、「オモテ」と呼ばれる事務方のトップの長官と、「オク」と呼ばれる、天皇皇后両陛下の身の回りの世話をする侍従職トップの侍従長の2人だけだ。天皇陛下の記者会見は毎年2月23日の誕生日前に行われるほかは、外国訪問の前にあるかどうかといったところだ。侍従長は記者会見をしない。宮内庁詰めの記者たちにとって、天皇の言葉を直接聞く立場にいる長官の定例記者会見は、こういうときとても貴重な機会となる。

 しかも、西村氏はもともと、安倍政権の官邸中枢から送り込まれたという経緯がある。

 2016年7月13日、天皇在位中だったいまの上皇さまによる退位の意向がNHKのスクープとして報じられると、安倍政権は2カ月後、警察官僚で内閣危機管理監だった西村氏を宮内庁

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