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北海道新聞が速やかに果たすべき説明責任とは――「記者逮捕」を考える〈上〉

メディア界への影響は甚大 新人記者はなぜ現場に向かわされたのか

高田昌幸 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト

 北海道新聞社旭川支社報道部の記者(22)が、旭川医科大学の学長選考会議を取材中に無断で学内の建物に入ったとして、建造物侵入容疑の現行犯で逮捕される事件があった。入社間もない試用期間中の記者が、指示に従って建物内に入った結果、逮捕に至ったとみられている。取材活動によって報道機関の記者が逮捕された例は、近年なかった。この事件をいったい、どう捉えたらいいのか。取材・報道の自由、犯罪報道における実名の是非、メディア自身による説明責任、北海道新聞社は記者を守るのか……。観点はいくつもある。そうしたポイントを3回にわたって整理し、考えたい。
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記者の逮捕 現場で何が起きていたのか

 今回の問題を考える前に、まず、事実関係を押さえておこう。なお、以下に記載する内容はいずれも6月28日時点のものであることをお断りしておく。

旭川医科大学=2021年6月22日、旭川市
 国立大学法人・旭川医科大学は北海道第2の都市・旭川市にあり、北海道北部の中核医療拠点である。昨年12月、新型コロナウイルス患者の受け入れを求めた付属病院長(当時)に対し、吉田晃敏学長がそれを拒否。「代わりにおまえが辞めろ」と迫ったことが明らかになった。そのほか次のような疑いも浮上し、のちの学内調査で認定された。

・契約期限切れの学長特別補佐への高額報酬の支払い
・勤務時間中の飲酒
・滝川市立病院から「アドバイザー」名目で高額報酬を14年間受領
・大学職員に対するパワハラ

旭川医科大学病院長の解任問題などについて会見した旭川医科大学長の吉田晃敏氏。学長選考会議が6月24日付でパワハラや不正支出などを理由に同氏の解任を文部科学相に申し出た=2021年1月26日、北海道旭川市
 こうしたことから、教授らでつくる「学長選考会議」が学内に設置され、吉田氏の解任を議論することになった。学長解任を萩生田光一・文部科学相に申し出ることを決定したのが、6月22日午後3時から同5時半まで開かれた会議である。記者の逮捕はそのさなかに起きた。

 各メディアの報道を総合すると、同日午後4時半ごろ、北海道新聞旭川支社報道部の新人記者は、旭川医科大学の看護学科棟4階の会議室前で職員に見つかり、建造物侵入容疑で現行犯逮捕された。その後、身柄を旭川東警察署に引き渡されたという。いわゆる私人逮捕(常人逮捕)だ。

 大学側が報道機関に対して説明した内容によると、大学はこの日午後3時50分ごろ、報道各社に向けて「新型コロナウイルスの感染防止措置として学外者の入構を原則禁じている」とのファクスを送り、午後6時まで構内に入らないよう要請していた。記者はそうした中で構内に入り、会議室前の廊下で扉の隙間から会議の様子を録音していたところを会議室から廊下に出てきた職員に見つかった。職員は身分や目的などを尋ねたものの、明確な返事はなく、さらに逃げようとしたため、学外者が許可を得ずに無断で構内に侵入したと判断し、警察に連絡したという。

北海道新聞社・札幌本社=札幌市中央区

新人記者は指示を受け建物内へ 「行きたくない」と言ったとの話も

 筆者は2011年まで25年間、北海道新聞社に記者として勤務していた。その間、報道本部(現・報道センター)次長として、全社の警察・司法取材を見渡すポジションにいたこともある。古巣とあって、今も種々の情報は耳に届く。

 逮捕された記者は今年4月に入社したばかりである。20日間の研修を終え、赴任先の旭川に向かったのは4月20日すぎ。道外出身だから土地勘もないだろう。街のどこに何があるかを覚え、身の回りの生活を整えることで精一杯だったと思われる。記者としての仕事もスタートしたばかり。ようやくメモのとり方を覚え、短い原稿に慣れてきた頃だ。

 新聞横断検索のG-Searchで調べてみたら、当該記者の署名記事は逮捕前までに約50本。旭川のフラワーロードで苗定植のイベントがあった、美瑛地区で甘いアスパラの収穫が始まった、トマトの栽培実習に障害者が参加した、アマビエちょうちんが飲食街に登場した……。そんな地域の話題をほぼ1日1本のペースで書いていたようだ。

 どの原稿も決して長くはないが、悪戦苦闘の連続だったと思う。筆者も入社当初は、幼稚園での防火行事を伝える20行ほどの原稿執筆に3時間も費やした記憶がある。

 そんな経験しか持たない会社員記者が誰の指示も受けず、単独で入構禁止の大学内に入り、扉の隙間から会議の様子を録音するとは思えない。実際、筆者が複数の関係者から得た情報によると、学長選考会の取材チームに組み入れられたこの記者は学内に入って会議の様子を探るように言われ、看護学科棟に向かったという。

 4月入社の社員にとっては、6月と言えば、まだ試用期間中である。指示にものを言える状況ではないだろう。行けと言われた本人は、行きたくないと言っていたとの話もある。

道新コメント「逮捕は遺憾」

 事件後、北海道新聞社は記者逮捕を伝える第一報において、佐藤正基編集局総務のコメントを載せている。

「本紙の記者が逮捕されたことは遺憾です。記者は旭川医科大の吉田学長解任問題について取材中でした。逮捕された経緯などについて確認し、読者のみなさまにあらためて説明させていただきます」

 また記者が釈放されたことを伝える記事でも後に説明するという趣旨の短いコメントを載せた。本稿執筆時点では、読者に対する説明はこれしかない。

道新だけが記者の実名を報道 判断はどう行われたか

 各メディアは、明文化の程度こそ違え、犯罪報道の掲載基準を持っている。北海道新聞社はそれを『編集手帳』と呼ぶ。数年置きに改訂され、過去には筆者も事件事故報道の項目について取りまとめに当たった。

 各社と同様、北海道新聞も「犯罪報道は実名主義」である。しかし、何ごとにも例外はある。少年事件や微罪事件などの場合、内容をよく取材した上で掲載・不掲載、容疑者の実名・匿名を判断していく。

 今回の事件は、全国紙やテレビ局も含め、主要メディアのほぼ全てで報道されたが、記者の実名を報じたのは北海道新聞だけだった。実名掲載の判断はどのように行われたのだろうか。佐藤編集局総務は6月24日、社内に向けておおむね次のように説明したという。

 「『編集手帳』にある通り、事件事故の報道は実名が原則だ。建造物侵入そのものは重い罪ではないが、過去の記事でも公務員などが容疑者の場合は実名で報道してきた。微罪事件であっても実名が原則だ。『自社の社員だから』『若い社員だから』と言ってダブルスタンダードにはしなかった。編集局幹部でさまざまな観点から議論し、最終的には編集局長が判断した」

現地の「匿名で」を抑え、「公務員らは実名だった」と本社

 筆者が得た情報によると、現地の旭川支社報道部は支社長を先頭にして、実名掲載に強硬に反対した。それを押し切る形で本社は実名報道を決断したという。常務取締役編集局長の小林亨氏は6月21日にその任に就いたばかり。実名か匿名かの鳩首協議には、警察取材の長い玉木健・編集局次長兼報道センター長らが当然に加わったはずである。

 協議では、どんな論点が議論になったのか。その説明は対外的には行われていない。編集局の現場記者らに対しても「過去、公務員などの犯罪は実名だったからそれに則った」「ダブルスタンダードはよくない」といった点しか説明されていないようだ。

 しかし、「過去は実名だった」は本当だろうか。事件の様相は一つ一つ違うため、単純比較はできない。それでも参考になりそうな事例はある。北海道新聞の記事からいくつか拾ってみよう。

旭川医大の学長選考会議終了後、報道陣の取材に応じる選考会議の西川祐司議長。この日、選考会議開催中の建物内で北海道新聞記者が現行犯逮捕された=2021年6月22日午後6時6分、北海道旭川市の旭川医科大学

警察幹部ら公務員の犯罪でも「容疑者匿名」は再三あった

 2018年4月6日の北海道新聞朝刊。社会面には「道警幹部ら書類送検」「窃盗、酒気帯び容疑」という大きな記事が掲載されている。容疑者は2人。1人は50代の男性警部補で、自宅で焼酎や缶ビール、ボトル1本分のワインなどを飲んだ後、自家用車で出勤し、パトカーの助手席に乗務していた。道交法違反(酒気帯び運転)容疑である。もう1人は、40代の男性警部。勤務終了後、札幌市内のスーパーで刺し身など約2000円相当の食料品7点を盗んだという窃盗容疑だった。この問題では、前日夕刊の初報を含め警察官2人はいずれも匿名である。

 今年2月には、道内の男性幹部自衛官が訓練中、女性自衛官に性的暴行を加えた事件があったと報道された。幹部自衛官は、強制性交の疑いで警務隊に逮捕、起訴されたが、実名は出ていない。記事には、自衛隊側は幹部の階級や年齢を明らかにしていないと記載されているから、「発表がなかったから実名を報道できなかった・しなかった」のかもしれない。

 そのほかにも、暴行容疑で逮捕された市職員、住居侵入容疑の自治体職員、公金横領した容疑の自治体職員ら、ここ数年の記事をたぐっただけでも「容疑者匿名」はいくつも出てくる。

「ダブスタはよくない」の本社判断 実態と相違

 つまり、逮捕時点での「匿名か実名か」は、『編集手帳』の基準に照らし合わせながら、それぞれの事案に即して個別に判断しているのである。当たり前の話だ。ある基準をもとにして機械的に実名か否かを判断するのであれば、それはもはや、報道機関の仕事ではない。

 そうすると、北海道新聞編集局の幹部が社内向けに説明したとされる「公務員などの犯罪は実名で報道してきた」「ダブルスタンダードはよくない」といった言葉は、必ずしも実態に即していない。警察官の犯罪ですら匿名で報じる以上、自社の記者逮捕を実名にした経緯は社内だけでなく、対外的にも明確に説明する必要があろう。

(なお、北海道新聞には原則、容疑者が逮捕されなかったケース=書類送検については、容疑者を匿名とする傾向がある。警察官の犯罪を匿名とした上掲の記事は、道警が身内の警察官を逮捕しなかったことを反映した結果と思われる。逮捕時点の実名が必要かどうかという大枠の議論は別稿で示したい)

北海道新聞社は何を説明すべきか

 旭川の記者は6月24日に釈放された。道警は今後、在宅で捜査を続ける。記者本人は日常の仕事を離れているという。

 先述したように、北海道新聞は事件後、初報に合わせて佐藤編集局総務のコメントを掲載し、「読者のみなさまにあらためて説明させていただきます」との姿勢を示した。「あらためて」がどのタイミングになるのかは、説明されていない。

 刑事事件の手続きをベースにすれば、送検時、起訴・不起訴の判断時、判決確定時が考えられる。しかしながら、旭川医科大学側を除く関係者は全員、北海道新聞社の社員であり、会社はすでに事の次第の全容を把握しているはずだ。

 この種の対外的な説明は、時期が遅れれば遅れるほど、信頼度を失墜させる。読者の情報入手経路は北海道新聞だけではない。玉石混交とはいえ、インターネットを通じて、あらゆる情報や視点を瞬時に手に入れていく。

 だいたいにおいて新聞社の編集幹部にはネット事情に疎い者が多く、ネットに流れる情報やその影響力を自分たちより下に見る傾向がある。「紙全盛時代の感覚」で対応しようとしていたら、信頼も購読者数も瞬く間に失っていくだろう。

 では、北海道新聞社は何を説明すべきだろうか。それは事実関係に尽きる。

・逮捕された記者に対する指示はどんな内容だったか。
・その指示は誰の判断で行われたか。
・学長選考会議の当日、旭川医科大からファクスされた内容は社内でどう扱われたか。
・実名か否かの協議では、何が論点になったのか。
・実名掲載の最終責任は編集局長にあるにしても、実質は誰の判断だったのか。
・過去の犯罪報道には匿名も多いが、「ダブルスタンダードになってはいけない」とはどういう意味か。
・今回の取材はどこに問題があったのか、あるいは問題はなかったのか。
・記者を現行犯逮捕した旭川医科大側の対応をどう考えているか。
・記者の逮捕を「遺憾」とした理由は何か。逮捕は止むを得なかったと判断しているのか。

Tupungato / shutterstock.com

影響大きい報道界 道新の説明に重大な関心

 今回のケースには、取材源の秘匿に相当しそうな点も今のところは見当たらない。もちろん社内の秘密事項はあるだろうが、社内の関係者名を「匿名」にすれば、相当のことは説明できそうだ。それを速やかに果たす責務を北海道新聞社は負っている。

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