コロナ禍での東京五輪という「戦場」に国民を駆り立てる政府
宮内庁長官の「拝察」と尾身会長の「普通ではない」発言から浮かぶ権力の「圧力」
徳山喜雄 ジャーナリスト、立正大学教授(ジャーナリズム論、写真論)

五輪マークのオブジェの奥に浮かぶ月=2021年6月23日、東京都新宿区
東京五輪・パラリンピックの開催が目前に迫る。新型コロナウイルスの猛威がおとろえないなか、多くの国民はどのような気持ちで、コロナ禍のもとで「戦場」ともとれる「平和の祭典」を迎えようとしているのだろうか。
菅義偉首相をはじめ、五輪を開催する側から、五輪開催の明確な意義が語られていない。ブレーキが効かなくなり、制御できなくなった巨大な車両のような現状に、「納得できない」「釈然としない」という思いに駆られている人たちは多いのではないか。
このような折、宮内庁の西村泰彦長官が定例記者会見(6月24日)で、天皇陛下が「(東京五輪の)開催が感染拡大につながらないか、ご懸念されている、ご心配であると拝察している」と述べ、政界などに一挙に波紋が広がった。
また、宮内庁長官発言に先立ち、政府の感染症対策分科会の尾身茂会長が衆院厚生労働委員会(6月2日)で、東京五輪について「いまの状況では、やるのは普通ではない」と言い切り、海外でも報じられた。同時に「(専門家としての評価を)何らかのかたちで考えを伝えるのがプロフェッショナルの責務だ」とも述べ、政府に対し強硬な姿勢に転じた。
天皇をおもんぱかったかのような発言の意味
天皇の思いをおもんぱかったかのような宮内庁の西村長官と、感染症の専門家で対策分科会の尾身会長の五輪開催に懐疑的な発言。両者は立場が違うので必ずしも同列に扱うつもりはないが、IOC(国際オリンピック委員会)や政府の明確な説明がないままに五輪開催に突き進む今の状況に対して一般国民がいだく不安に、双方ともにギリギリのところで答えようとしているのではないか。

西村泰彦宮内庁の長官=2019年12月17日、東京都千代田区
天皇は東京五輪・パラの名誉総裁を務め、日本で開かれた五輪では開会宣言をしてきた立場だ。関係者ではあるが、その一方で天皇は憲法で政治的な権能をもたないとされており、今回の長官発言は物議をかもすことにもなった。
西村長官は「拝察です。日々陛下とお接しするなかで私が肌感覚として受け止めている」とし、「陛下から直接そういうお言葉を聞いたことはない」と慎重ないい回しをした。だが、ここに天皇のメッセージがあると考えるのは自然であろう。
世論形成に大きな影響を与えるような天皇の考えや思いを伝える際に、「側近の拝察」として直接的ではなく、間をおいて発信することはある。そうでなければ、西村氏がこのような発言をする必要もない。
だが、菅首相や丸川珠代五輪担当相は「長官個人の発言だ」とし、取り合おうとしなかった。