全ての報道機関が問われているもの――「記者逮捕」を考える〈下〉
ジャーナリズムの本務を貫き、現場を守り続けることを職を賭してでも示せ
高田昌幸 東京都市大学メディア情報学部教授、ジャーナリスト
記事掲載などの内部基準も公開し、市民社会との対話のベースに
市民の信頼を得るための、もっと具体的で、もっと早く実現できそうな方法もある。
各報道機関は、政治、経済、事件事故、死亡記事などの分野ごとに内部で掲載基準を定めている。多くは社外秘とされているが、筆者がいくつかの実例を見たところ、真に秘匿すべき内容は見当たらなかった。これを各社は公開したらどうか。北海道新聞社はそうした掲載基準を『編集手帳』と呼ぶ。かつて筆者も編纂に加わった『2010年版』は600ページ余りの大部だ。このうち、「実名報道と匿名報道」の項では、以下のような内容を示している。
・捜査が任意段階であれば、「この自衛官」などの表記を用いて匿名
・逮捕状が発付されていても、執行前は実名にしない
・被疑者が少年の場合は匿名
・被害者は原則実名
もちろん、実際の記述はもっと詳しい。例えば、上記4番目の「被害者は原則実名」の項には例外事項の説明があり、「強盗などの凶悪事件や容疑者が逃走中の場合は、被害者名を匿名に」「性犯罪の場合は被害者が特定されないよう、発生場所をおおきくぼかしてもよい」といった趣旨が記載されている。さらに、事件の種類・態様ごとに細かな掲載基準や匿名・実名の基準も細かく示してある。各記者は常にこれを携行し、判断に迷ったらページをめくる。『編集手帳』はそうした存在である。

警察が発表する報道資料。匿名が増える傾向が続く
これらを開示した場合、報道機関側に何か不都合は生じるだろうか。むしろ、逆である。報道が市民社会の支持なくしては存在できない以上、双方の対話は決定的に重要だ。ところが、報道機関は恐ろしいほど説明責任を果たさない。報道不信が拡大し、「マスゴミ」という言葉が定着した現在もその姿勢は変わらない。
旭川を舞台にした今回の事件では、朝日新聞の記者がつくったTwitterの「道新記者の逮捕に抗議します」というハッシュタグが炎上した。理由は一つではないが、その背景には「新聞社は他者には説明責任を求めるのに、自分たちはまともに説明しない」「自分だけは正しいと思っている」といった市民のメディア観が横たわっている。
取材ガイドラインの策定と公開は、そうした溝を埋めるための一助になるだろう。