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東京五輪・令和3年夏の敗戦

開催に向けた「なし崩し」の意思決定

前田哲兵 弁護士

 5月下旬、東京都渋谷区の代々木公園の樹木の剪定が進められていることがニュースになった。東京オリンピック・パラリンピック用のパブリックビューイング会場にするための工事の準備として行っているという。

 私が注目したのは、その準備を始めた理由だ。

パブリックビューイング会場の設営準備

拡大パブリックビューイングのために剪定される木に付けられた「お知らせ」=2021年5月24日、東京都渋谷区・都立代々木公園

 担当者がいうには、最終的にパブリックビューイング会場にするか否かはわからないが、現時点から準備(剪定)を始めておかないと、もし「やる」となった場合に間に合わなくなるので、とりあえず準備(剪定)を始めたということだった。

 私は、このニュースを観ていて、(おそらく多くの視聴者と同様に)テレビの前で文字どおり仰反った。この状況でパブリックビューイング会場を作ることに世論の理解が得られるはずがないだろう。誰か止める人はいなかったのだろうか、と。

 そして同時に、「いかにも日本的な意思決定の仕方だな」とも思った。そう、おそらく本当に「誰も止める人がいなかった」のだ。

煮え切らない態度

 そして今、オリンピック・パラリンピックは、結局のところ、「やる」とも「やらない」とも最終的に決めることなく、「やる」となった場合に備えて準備だけは着々と進めているという状態が続いている。

 「結局どうするの?」と思い、日々それとなくニュースを見ているが、確たる判断はないままに、気づけばもう開催予定日まで2週間を切ろうとしている。その間も、海外選手団は続々と入国している。

 もはや「やっぱりやりません」とは言えない空気感がそこにはある。

日本側は中止できないのか?

 巷では、「IOCとの契約上、日本側には中止にする権限がないのだから、やるしかない。他に選択肢はない」という言説が見られる。果たして本当にそうなのか?

 2013年9月に、国際オリンピック委員会・東京都・日本オリンピック委員会の三者で締結した「開催都市契約」は、準拠法がスイス法となっている(開催都市契約87条)。

 この点、スイス連邦弁護士のミハエル・ムロチェク氏によれば、日本が中止を申し出た場合の損害賠償の支払い義務について、次のように考えられるという。

 まず、同氏はスイス民法第97条1項「義務を全く履行しなかった債務者は、自分に過失がないことを証明できない限り、損害を賠償しなければならない」を示した。原則としては支払い義務を負うようだ。その一方で同氏は第119条1項「債務者に帰責事由(落ち度)がない状況により履行が不可能になった場合、履行義務が消滅したとみなされる」を掲げる。つまり不可抗力の場合は支払いが免除されるのだ。
…(中略)…「パンデミックによる影響は誰にも予測できなかった。従って2020年夏の状況が予測できないと仮定し、第119条1項を適用することは、この文脈ではそれほど不合理ではないと思われる」と説明する。(「「東京五輪中止なら多額の賠償金」は本当? 判断基準 “スイス法” の専門家は意外な見解」2021年5月19日付東スポWeb

 つまりこういうことだ。

 契約(=合意)は守られるべきだ。よって、契約で定められた義務(五輪の開催)を履行しない場合には、日本は損害賠償責任を負うのが原則だ。しかし、そこには例外がある。それは、不可抗力によって義務の履行ができない場合だ。その場合は、義務を履行できないとしても、その当事者(日本)に落ち度はないので、損害賠償を支払う必要がない。そして、今回のコロナ禍は「不可抗力」に該当し得る、というわけだ。


筆者

前田哲兵

前田哲兵(まえだ・てっぺい) 弁護士

1982年、兵庫県生まれ。前田・鵜之沢法律事務所所属。企業法務を中心に、相続や交通事故といった一般民事、刑事事件、政治資金監査、選挙違反被疑事件などの政治案件や医療事故も扱う。医療基本法の制定活動を行うほか、日本プロ野球選手会公認選手代理人、小中学校のスクールローヤーとしても活動中。著書に『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』『交通事故事件21のメソッド』等。事務所HP:https://mulaw.jp/

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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