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「孤立」が子どもや若者を苦しめる。だから私たちは「居場所」をつくる(下)

生きる意欲を探す場所、「たまり場」と「ルーム」

青砥 恭 NPO法人 さいたまユースサポートネット代表

「孤立」が子どもや若者を苦しめる。だから私たちは「居場所」をつくる(上)

現在の困難、今の貧困を解決しない現行制度

 では、このような課題を抱えた若者たちに、日本社会はどのように対応しているのか。

 生活保護費を受給している家族はいるが、若者たち自身の現在の困難を解決する制度ではない。日本社会で、最低限の生活水準を維持するための収入以下の世帯とされる「相対的貧困」下で生活する17歳以下の子どもは約280万人(相対的貧困率13.5%)とされるが、同年代の生活保護世帯の子どもの数は25万人である。10分の1に満たない。

 2013年につくられ、2019年に一部改正された「子どもの貧困対策推進法」も将来の「貧困の連鎖の解消」を課題としていて、「今の貧困からの離脱」を目的としたものではない。そんな若者たちが今の孤立から解放され、社会につながる場として開設されたのが、「たまり場」と「ルーム」という若者たちの居場所なのである。

さいたま市若者自立支援ルーム。自由なコミュニケーションの場が作られている=筆者提供拡大さいたま市若者自立支援ルーム。自由なコミュニケーションの場が作られている=筆者提供

たまり場と自立支援ルームは何を解決するのか

休息、連帯、受容、仲間づくり……「たまり場」の目的

 私たちが2011年に「たまり場」を作ったのは、(1)学校や社会の「階層格差によって作られたトラック」で競争に耐えられなくなった子どもたちが一時的にでも避難や休息ができ、他者からの視線に耐える力を育てること、(2)異なる価値観をもつ人が集う場で人間の連帯を体験し、社会で協働の機会を得る「場」を創設することが、多様な価値観が交錯する社会で生きていく上で必要だと考えたからである。

 (3)居場所に多様な若者たちが集まり、交流することで受容し合える力を若者たちに育てなければならないとも考えた。さらに、(4)外国人の若者が日本の同世代の若者と最初に交流できる場にもなっていた。様々な目的で日本にやってきて、不安の中で暮らす外国人の若者たちが日本語の習得や仲間づくりに利用できる場になっていた。

公設の居場所、「自立支援ルーム」の誕生

 2013年にはさいたま市による公設の居場所、「さいたま市若者自立支援ルーム」(以下大宮ルームという)が大宮駅近くに開設され、私たちの団体が運営を受託している。月曜日から金曜日まで開かれ、多くのプログラムや地域住民とのイベントなども行われている。

 2020年にはさいたま市の2番目のルームが南浦和駅近くにできた(南浦和ルーム)。大宮ルームには年間、7千~8千人の若者たちが利用していた。昨年春からはコロナ禍でフルオープンとはいかず、人数を絞って開いているが、それでも最近は連日、2つのルームとも20名を超える若者たちが午前、午後とも利用している。

さいたま市若者自立支援ルームでは、地域の住民と一緒にイベントやプログラムを作っている=筆者提供拡大さいたま市若者自立支援ルームでは、地域の住民と一緒にイベントやプログラムを作っている=筆者提供

 「一人の子どもや若者も取り残さない社会を」

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筆者

青砥 恭

青砥 恭(あおと・やすし) NPO法人 さいたまユースサポートネット代表

島根県松江市生まれ。1983年から埼玉県で県立高校の教諭。その後、埼玉大学や明治大学で教育学を教えた。2011年7月に特定非営利活動法人さいたまユースサポートネットを設立。その後、さいたま市で学習支援、居場所づくり、就労支援など若者たちの包括的支援のネットワークと地域拠点をつくる活動をしている。2016年からは、「全国子どもの貧困・教育支援団体協議会」の代表理事も務める。著書に『日の丸・君が代と子どもたち』(岩波書店)、『ドキュメント高校中退』(筑摩書店)、『若者の貧困・居場所・セカンドチャンス』(編著 太郎次郎社エディタス)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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