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“市民権”得たオンラインツアー。コロナ禍に進化、収束後にも発展の兆し

【13】 パンデミックを経た世界 旅の形のこれからを予測する

沓掛博光 旅行ジャーナリスト

国の重要無形民俗文化財に指定されている宮崎県高千穂町野方野の夜神楽。昨年はコロナ禍で地元の人だけの参観とし、オンラインツアーのみ一般に公開された=世界農業遺産高千穂郷・椎葉山地域活性化協議会事務局提供

窮地の業界が模索した新たな旅の形 広がるニーズ、増す存在感

 コロナ禍で外出や移動の制限が続く中で、外出しなくても観光が楽しめる新たな旅のスタイルが注目されてきた。オンラインツアーである。筆者は論座で過去2回、『オンラインツアーの実力』と題して、国内外での発展の動向を同時進行で報告した(2月28日付〈隠岐・沖縄編〉と4月11日付〈クロアチア編〉)。

 筆者が見てきた現場では、リアルの客が一時ゼロになるという危機を迎えた観光地や業界が、IT技術と知恵を総動員して対応を模索し、オンラインツアーを創出し始めた。旅行者は、自宅を動くことなく国内や異国への多彩な旅を楽しめるようになった。

 ライブの中継画面には、希少な自然や文化財など選りすぐりの名所や、人々の生活の場が映し出され、とびきりのガイドが現地から案内。特産の食材や体験キットが参加者に届くなど演出は深まり、チャットを駆使して参加者同士の交流も生まれていた。さらには、お年寄りや身体の不自由な人たちでも気軽に楽しめるなど、人生100年時代にふさわしい新たな旅の可能性が開かれてきた。

 現在、感染が広がり始めてから1年半を経ても収束は見通せず、世界中の人々がパンデミックで混乱する逆風の中で東京五輪が開催されようとしている。あらゆる業界へのダメージは、はかりしれないままだ。
旅行業界では、リアルな旅の「つなぎ」と思われたオンラインツアーが一層、存在感を増し、ニーズも拡大している。「ONTABI(オンタビ)」なる言葉も生まれ、今や観光旅行の一角を占める“市民権”を得そうな勢いである。本稿では、オンラインツアーの現状を見て、これからを予測しよう。

オンラインツアー特集の案内ページ=トラベルズーのウェブサイト「ONTABI」から

需要と供給が合致してオンラインツアー専門サイト登場

 旅行情報を専門に発信しているオンラインメディア「トラベルズー」は今年の4月、通常の旅行商品とは別に、オンラインツアーを専門に取り扱う検索サイト「ONTABI(オンタビ)」を開設した。以来、国内外の商品を随時、発信している。現在、旅行会社など観光事業者を中心とした約25サイトで取り扱う約1,200のオンラインツアーを掲載している。

 そのねらいを同社の小板橋直也取締役(33)は「コロナ禍にあってどこの旅行会社も、あるいは観光地なども、厳しい状況に置かれていますが、オンラインによる旅行に関しては供給側も需要側も、(実施と参加への)高い意向が示されています。そこで両者をマッチングさせたのがこのONTABIです」という。

ライブ中継のオンラインツアー特集ページ=トラベルズーのウェブサイト「ONTABI」から

「コロナ後に新たな文化として普及する可能性」と業界

 オンラインツアーは、海外旅行を手掛ける大手旅行代理店などを中心に昨年の4月ごろからぼつぼつ登場し始めていたが、業界全般に広がり始めたのは今年に入ってからだ。

 トラベルズーが2月に同社の登録会員を対象に行ったアンケート調査を見ると、昨年1月から今年2月にかけての約1年間で、オンラインツアーの参加経験者は全体の9.2%と少なく、その理由は、「オンラインツアーそのものを知らない」が29.3%、「関連情報が少ない」が39.5%だった。存在自体があまり知られておらず、知る機会も少ないことが窺える。

 同時に調べたオンラインツアーへの参加希望や参加者満足度では、「コロナ後でも参加したい」が56.8%に対し、「参加しない」が11.4%。また、参加回数は、1回が56.8%に対して、2回以上のリピーターが合計43.2%にのぼることが判明した(2回13.6%、3回18.2%、4回2.3%、5回以上9.1%)。

 これらの結果をふまえて、小板橋取締役は「オンラインツアーへの関心の高さや人気度はコロナ禍だけの特別な現象ではなく、新しい旅の楽しみ方が求められており、コロナ後でも新たな文化として普及する可能性が高い」と分析した。オンラインツアー専門の「ONTABI」を立ち上げた背景には、こうした消費者サイドの動きがあったのだ。

トラベルズーのウェブサイト「ONTABI」では多彩な旅行ジャンルを網羅している=トラベルズー提供

リピート率は6割強に急伸、コア層も拡大

 現在、国内にはオンライン専門媒体がいくつも存在する。同社は「現在のところ扱うサイト数と件数共に最大級」と自負する。同社の資料によれば、サイト閲覧数は現時点で月間約5万PV。これを今年末までに50万PVに増やし、掲載するツアー数も2000件に増やす目標を掲げる。

 なお、直近の6月末の同社アンケート調査では、オンラインツアーの参加経験者は16%で、2月時点の約1.7倍に増えた。2回以上のリピート率も61.7%で約1.4倍になり、特に5回以上が26.5%と3倍近くなったのが目を引く。時間の経過と共に、ヘビーユーザーが生まれているようだ。

特別な体験企画に「満員御礼」 業者の知恵と工夫の成果

 「ONTABI」などの旅行サイトや自社のホームページを通して企画、販売している旅行会社「ノットワールド」にうかがった。「今は幅広い年齢層の方が色々に楽しんでいらっしゃいます」とknot創出事業部オンラインツアー担当の古俣健さん(33)は言う。

夜神楽の参観者が現地でいただける御幣。今回はオンラインツアー参加者にも事前に送られた=世界農業遺産高千穂郷・椎葉山地域活性化協議会事務局提供
 同社は、もともとは訪日観光客を対象に国内の町歩きツアーを多く手掛けてきた。いわゆるインバウンド中心だったが、このコロナ禍で外国からの観光客はゼロとなり、国内向けのオンラインツアーに切り替えた。昨年の5月に始め、個人では行きにくくて体験できない旅を数多く企画しており、これが参加者の人気を呼んでいるようだ。

 例えば、2020年12月12日には、国の重要無形民俗文化財に指定されている宮崎県高千穂町の野方野の夜神楽のツアーを企画。当初50名で募集するとすぐいっぱいになり、84名で行われたという。

 23時から25時という深夜の実施で、しかもコロナ禍で一般公開がない中でのツアー。通常でも一般には公開されない舞台裏にカメラが初めて入ったというライブ映像も紹介され、参加者には事前に御幣や彫り物などレアな品々も届けられており、貴重な体験につながったようだ。ちなみに、料金は3000円から5万5000円で、5万5000円には木彫りの神楽面が送られている。

斜面沿いに細長く延びる丹波焼の登り窯=丹波篠山市役所提供

 このほか、兵庫県丹波篠山市の丹波焼のツアーも満員御礼となり、30名定員を急きょ40名にして行われた。

事前に参加者へ送られてくる特産の黒豆のお菓子=丹波篠山観光協会提供
 日本古来の代表的な焼物の産地である「六古窯(ろっこよう)」のひとつ丹波焼の里を映像で見て、窯元の話に耳を傾け、事前に届く特産の黒豆を味わう。

 料金によっては丹波焼も送られるなど焼物の魅力が満載で、窯元との交流も人気を呼んだようだ。

復興を見据える被災地 オンラインツアーを町づくりに活用

 個人の参加ばかりでなく、団体の参加も多いという。オンラインツアーが一般のツアーと変わりなく利用されてきている証かも知れない。

 東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県の女川町のツアーは、先月までに6回ほど行われ、約300名が参加している。女川の町がどのように復興したかを知りたい、あるいは復興の支援につながれば、という思いで参加するグループや労働組合などが多いという。

 このツアーを企画し、自らも町を案内する女川町商工会まちづくり推進役の磯部哲也さん(50)は、「オンラインツアーは初の試みですが、コロナ禍にあって、女川の町を知ってもらうきっかけになればと思い、始めました」という。

オンラインツアーを通じて女川のまちづくりを進める磯部哲也さん=ノットワールド提供
オンラインツアーの8000円のコースにつく特産の海産物=(株)鮮冷提供

 磯部さんは、コロナ後に実際に観光に来てもらったり、この町を好きになった人の移住や定住につながったりして、関係人口が増えることを期待している、と付け加えた。

 震災後に発足し、町外から来た若者らが参加しているNPO法人「アスヘノキボウ」と連携した町歩きの案内や、復興の姿を知ってもらうために特産の魚介類を扱う水産加工会社の見学なども企画。コロナ禍を逆手にとり、オンラインツアーを活用して先を見据えた町づくりを進めている。

 このほか、宮崎県の青島を巡るツアーでは、「オンラインツアーならではの楽しみ方」(ノットワールドの古俣健さん)で参加したグループもいる。

 普段はお互い遠方に離れて暮らす友人同士が、青島巡りはネットで同じ時間に一緒に楽しみ、時折、LINEをしながら共有した旅先の感動など語り合ったそうだ。後日、「こういう形のツアーもいいなあ」との感想が同社に届いたという。これなどは、オンラインだからできる“離れ技”と言えるだろう。

歴史的な町並みを巡るプラハのオンラインツアー。正面のプラハ城を出て、ヴルタヴァ川にかかるカレル橋を渡り旧市街地を行く=筆者撮影

海外ツアー続々登場。リアルでは行きにくい国々にも人気

 海外へのオンラインツアーに目を向けると、ヨーロッパ各地の旅行を主に取り扱う老舗の旅行会社ミキ・ツーリストのブランド「みゅう」では、ヨーロッパの主要11カ国を訪ねるツアーを、この1年間で100ほど企画、販売してきた。

 同社FIT営業部の山本真充さん(36)は「リアル旅ではイタリアやフランス、イギリスなどが人気ですが、オンラインツアーではチェコやポルトガルといった国々にも人気が集まっています」と言う。

 行ってみたくても中々行けない国を見てみたい、話を直接聞きたいという思いが、自宅に居ながらにして楽しめるツアーへの参加動機になっているようだ。

パソコン画面にライブ映像で映るプラハの旧市街広場とガイドの細矢元洋さん。オンラインツアーは6月下旬に行われたが、マスク無しの観光客の姿が見られる=筆者撮影

コロナ禍は人気ガイドに出会えるチャンス

 参加者の平均年齢は54歳とやや高めで、これまでの最高齢は82歳。参加者の感想では、「ガイドさんが歩きながら詳しく解説し、町中の景色と一緒に楽しめた」、「オンラインなら(今後、)足腰が弱っても安心して楽しめそう」、「コロナ後に実際に行く予定の旅の予習として(他のツアーも)参加したい」。あるいは、「歴史に裏付けられた案内でプラハの町の様子が理解できた」などが寄せられ、オンラインの魅力を伝えている。

 専門的な解説や案内と臨場感あるライブ映像、さらには双方向のコミュニケーションを図りながらの進行から、旅の意外性にも触れられ、楽しみを作りだしているようだ。

 「コロナ禍故の利点もあるんです」と山本さん。

 それは、通常はVIPを案内する人気ガイドさんが、コロナの影響で時間の余裕が生まれ、オンラインツアーに登場しやすくなっているということだ。歴史的な建物や美術品などを深い知識と分かりやすい語りで解説するベテランガイドさんに出会うチャンスが多くなったのも、コロナ禍の隠れたメリットかも知れない。

旅行業界の表彰でオンラインツアーがグランプリ獲得

 厳しい状況の旅行業界にあって、オンラインツアーは唯一活路が開かれた分野とも言える。動向を反映して、JATA(日本旅行業協会)は、年間表彰事業(ツアーグランプリ)にオンラインツアーも対象に加えた「デジタル活用部門グランプリ」を新設。東京都は、補助金制度を創設した。観光マーケットの芽吹きと呼べそうだ。

 同グランプリはデジタル技術を活用した商品及びオンラインツアーを対象としたもので、6月21日の「ツアーグランプリ2021」の発表会において、海外旅行部門の「憧れの美食の街!サンセバスティアンのバル巡りツアー」(ベルトラ株式会社)が表彰された。

 ツアーグランプリ全体の応募総数は173件で、このうちデジタル活用部門には国内7、海外34の合わせて41件。「思っていた以上に応募は多かった」(JATA海外旅行推進部)と受け止められている。

 新設の理由を「コロナの影響で、多くのオンラインツアーが生まれ、利用が始まってきました。旅行業界の中で市民権を得てきたと言えます。そこで、『評価、顕彰しましょう』となったのです」と担当者は説明する。

 コロナ禍で活発になったオンラインツアーだが、JATAはコロナ収束後も表彰は継続する予定という。リアルな旅の前に参加する、あるいは旅行が難しい方々に、従来と違った楽しみを味わってもらえるなど、有効性は高いと受け止めているからだ。

JATA(日本旅行業協会)によるツアーグランプリ2021では、オンラインツアーを対象とするデジタル活用部門グランプリを新設=JATA提供

東京都がオンラインツアーへの補助金で業者支援

 東京都は2020年10月から「オンラインツアー造成支援事業」を設けている。

 都内の観光事業者に対し、東京を楽しむオンラインツアー商品の企画・販売と運営する経費の一部を補助する(上限200万円)。また、今年の4月からはさらなる促進策として海外在住の外国人に向けた商品の企画等へも100万円の支援金が追加されている。

 一連の補助の目的は、経営が厳しい事業者を支援し、東京を旅する魅力を発信してもらうことである。人流の抑制が続く中、自宅などで旅行気分を味わえるコンテンツを造り、お年寄りや弱者の方々が旅を楽しめるようにすることも狙う。対象は、旅行業者のほか、宿泊施設や自動車運送業者も含み、今年度内は継続する予定だ。

旅は時代を映す鏡。オンラインツアーは持続可能な観光の一翼を担う

 楽しみを求めての旅(=観光旅行)は、自分の居住地から離れ、再び戻ってくることが国内外の観光研究においては共通の認識になっている。ところが、オンラインツアーはこの認識から離れ、認識を越えたところで成り立っている。だから正確には観光旅行とは言えないのかも知れない。

 しかし、旅行の楽しみを体験できるという有用性は高い。

 代替が効かないライブ中継による、「その日、その時」の現地からの発信がもたらす意外性や高揚感、旅に出る前に生の情報に接することができる利点、普段は目にすることができない絶景や世界遺産などを見る楽しみ、移動がかなわぬ方々の旅行の楽しみの体験など、魅力は今や多岐に渡っている。

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