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無観客の東京五輪開会式が後世に語り継がれるために必要なこと

コロナ下での五輪を開催する意味は? 誰もが抱く問いに十分な答えを示せるか

鈴村裕輔 名城大学外国語学部准教授

 日本の国内外で開催への賛否が分かれるなか、東京オリンピックの開会式が7月23日に迫っている。

 全世界に中継される開会式は、オリンピックの始まりを華やかに彩るだけでなく、その時々の最新の技術が活用される場でもある。たとえば2018年の平昌大会では、ドローンを活用し、空撮した映像を場内に投影するという演出が行われた。

 また、2000年のシドニー大会では、オーストラリア大陸を中心とする地域の先住民であるアボリジニが登場するなど、自国の文化や歴史などを強調したり、人種や民族の融和を訴えたりする手段として活用されている。

 こうした事例が意味するのは、オリンピックにとって開会式が単なる大会の始まりを告げるための式典ではないということだ。東京オリンピックの大会組織委員会も公式ウェブサイトで開会式を「世界最大規模のセレモニーに向けて、日本・東京を世界にアピールする」場と位置付けている。

 そこで本稿では、東京五輪を目前に控え、五輪の開会式について考えてみたい。

東京五輪まで1週間。梅雨が明け、太陽が照りつける国立競技場周辺=2021年7月16日、東京都新宿区

開会式を変えた1984年ロサンゼルス大会

 これまでオリンピックの大会では様々な工夫を施した開会式が行われてきた。

 メキシコ大会(1968年)ではエンリケ・バシリオが近代五輪史上初となる女性の最終聖火ランナーとなり、モントリオール大会(1976年)の場合には2人の高校生が最終聖火ランナーを務めて、史上初の「ダブルランナーによる点火」を実現している。

 これらは、女性の社会進出の拡大という世界的な潮流や、オリンピックの魅力を若い世代にも伝えようという関係者の意図を反映した演出であった。

 開会式の一大転機となったのは、1984年のロサンゼルス大会だ。

 そもそもロサンゼルス大会は税金の投入による当局の介入を避けるため、テレビ放映料や企業の協賛金により大会の経費を調達することを目指し、運営面で大きな成功を収める。委員長のピーター・ユベロスをはじめとする大会組織委員会の実験的な試みにより、オリンピックは従来の「税金で賄わなければ成り立たない不採算事業」から「工夫すれば大きな利益を上げる催事」へと変貌を遂げた。

 その一方で、ロサンゼルス大会以降、ユベロスらの税金に依存しないオリンピックという目標が忘れ去られ、収益を上げる方法ばかりが重視されるようになる。オリンピック商業化の扉が開いたのである。

 ロサンゼルス大会の開会式では、映画『スター・ウォーズ』などの音楽を手掛けたジョン・ウィリアムズが作曲したファンファーレやオリンピックのテーマが奏でられ、 “WELCOME 84”(1984年のオリンピックにようこそ)と記された燃料タンクを背負ったスタントパイロットのビル・スーターが、ロケットベルトによってメモリアル・コロシアムの中央に降り立った。

 これ以降、オリンピックの開会式は「荘厳な式典」から「華やかなショー」へと変貌を遂げ、冒頭で述べたように最新の技術も取り入れながら、より魅力的な演出を競い合うことになる。1984年ロサンゼルス大会はオリンピックそのものの性格とともに、開会式にとっても転換点となったのである。

ソ連に対する米国の優位性を示す演出が随所に

 確かに、「エンターテインメント大国・アメリカ」らしい趣向の凝らされたロサンゼルス大会の開会式は、今もオリンピックの歴史を振り返る際に必ずと言ってよいほど取り上げられる、優れた催しではあった。しかし、当時の国際情勢、特に米ソ関係を考え合わせると、ロサンゼルス大会の開会式が持つもう一つの側面が浮かび上がる。

レーニン・スタジアムで行われたモスクワ五輪の開会式=1980年7月19日

 東西冷戦も末期を迎え、ソ連側が政治的にも経済的にも陰りを見せるなかで行われた1980年のモスクワ大会の開会式は、ショスタコーヴィチの『祝典序曲』が演奏され、5層に分かれた5本の巨大な柱を舞台に様々な舞踏が披露されるなど、芸術大国でもあったソ連の力量を示すものだった。

 と同時に、聖火台直下の客席中央では、レーニンの顔や地球の上に鍬と鎌を配置する国章を人文字で表現するなど、大会組織委員会は体制の宣伝も忘れていなかった。西側諸国の多くがソ連のアフガニスタン侵攻に抗議して大会への参加を見合わせたとはいえ、開会式の様子は世界各地で放送されている。ソ連は、同盟国に対しては自国の健在ぶりを強調するとともに、その他の国々にも文化的な優越性を誇示しようとしたのである。

 それから4年後のロサンゼルス大会では、ソ連を「悪の帝国」と名指しで批判し、仮想敵国の弾道ミサイルをミサイルやレーザーなどを搭載した人工衛星によって迎撃、破壊する戦略防衛構想(スターウォーズ計画)を提唱したレーガン政権の意を体するかのように、ソ連に対する米国の優位性を示す演出が随所にちりばめられた。

 ジョン・ウィリアムズによる長調の明朗で健康的な音楽は、「自由の国・アメリカ」の開放的な文化を表現していたし、競技場に降り立つロケットマンの姿は、米国の科学技術力の高さの象徴そのものだった。

メモリアル・コロシアムで華やかに繰り広げられた1984年ロサンゼルス五輪の開会式=1984年7月28日

「ソフト・パワー」の示す舞台として

 もっとも大会組織委員会は、開会式の演出に政治的な意図が含まれていることを公式に認めたことはない。

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