民の命を軽んじ犠牲を強いる「五輪ファースト」 この国はどこへ向かうのか
2021年07月24日
多くの人々の反対にもかかわらず、東京五輪が強行開催され、7月23日に開会式が行われた。
5月6日、参議院厚生労働委員会で、コロナ禍における貧困対策に関する参考人として意見陳述をおこなった私は、福島みずほ議員から五輪開催の是非に関して質問された際、「地震にたとえるなら、今まさに本震よりも大きな余震が来ている状況。災害の真っ最中に大規模スポーツイベントをやる国というのがどこにあるのか、理解に苦しむ」と述べた上で、「今は、国力の全てを感染症対策と貧困対策に振り向けるべき時だ」と強調した。
また、五輪開催が強行されると感染がさらに拡大して多くの人命が失われ、コロナ禍のさらなる長期化により、雇用の回復が遅れ、貧困により死へと追い込まれる人たちも増加する事態が想定されるとも指摘。そうした事態が生じた場合、「一体、誰が責任を取るのかということを是非、この国会で議論してほしい」と、国会議員に要請した。
五輪の開会が強行されても、私の考えは変わらない。感染拡大とそれに伴う貧困拡大をくい止めるため、今からでも中止を決断すべきである。
コロナ禍は世界のほとんどの国や地域で経済に打撃を加え、貧困を拡大させる「貧困パンデミック」とでも言うべき状況を現出させた。
国際NGOのオックスファムは、今年1月に発表した『不平等ウィルス』と題したリポートにおいて、「地球上で最も裕福な1000人はコロナ禍での損失をわずか9ヶ月以内に取り戻したが、世界の最貧困層が立ち直るには10年余りかかる恐れがある」と指摘。女性や黒人など歴史的に疎外され、抑圧されてきたコミュニティへの影響は特に深刻だったとした上で、「統計を開始して初めて、ほぼ全ての国で格差が拡大する可能性が高い」と警鐘を鳴らした。
日本も例外ではない。コロナ禍における貧困は、女性や外国人、非正規やフリーランスの労働者など、もともと社会の中で脆弱な立場に置かれていた人たちの間で拡大しており、「貧困パンデミック」は日本国内でも、社会に内在していた差別や不平等を増幅させていると言える。
7月20日、東京大学の仲田泰祐准教授(経済学)らの研究チームは、昨年3月から今年5月までの国内の自殺者数(約2万7千人)はコロナ禍での失業率の上昇により約3200人増加したと見られるという試算結果を公表した。
また、同チームが最新の失業率予測をもとに今年6月から2024年末までの自殺者数を試算したところ、コロナ以前の予測と比べて約2100人増える結果となり、失業率以外のさまざまな要因が自殺に関係している可能性を考えると、増加分が5000人になることもありうると指摘している。
現在、東京都などで発令されている緊急事態宣言の効果を五輪が打ち消すことになれば、中長期にわたって日本の社会や経済に多大なマイナスの影響を与えるのは間違いないだろう。
◆7月24日 朝日新聞朝刊be on Saturday「フロントランナー」欄に、筆者、稲葉剛のロングインタビューが掲載されました。本記事と合わせて、ご覧ください。「貧困パンデミック―寝ている『公助』を叩き起こす」(明石書店)
◆コロナ禍での生活困窮者支援活動の記録と政策提言をまとめた拙著「貧困パンデミック―寝ている『公助』を叩き起こす」(明石書店)が7月31日に刊行されます。ぜひ手に取っていただけるとありがたいです。
コロナでなくても、五輪と貧困の関連は深い。
五輪の開催都市では貧困層の排除が起こるのは通例となっており、2016年のリオ五輪では「ファベーラ」と呼ばれる貧困地域の強制排除が問題となった。
また、都立明治公園のさらに隣に位置していた都営霞ヶ丘アパートは、新国立競技場の敷地拡大に伴い、「歩行者の滞留空間となるオープンスペース」として公園に転換されることになり、2016年から2017年にかけて全ての建物が解体された。
霞ヶ丘アパートに入居していた住民には、他の都営団地の住戸が提供されたが、複数の団地に分散して移り住むことになったため、高齢者中心であったコミュニティは解体された。移転後に亡くなった高齢者も少なくなかったが、移転に伴う心労も影響していたと推察される。
現在、五輪に翻弄される都営霞ヶ丘アパートの住民を取材したドキュメンタリー映画『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』(青山真也監督)が、東京と京都で先行上映されている。私も試写を拝見したが、「コロナ禍が到来する何年も前から、五輪はいのちを軽んじ、犠牲を強いてきた」という感慨を抱かざるをえなかった。ぜひ多くの方にご覧いただきたいと思っている。
2013年に東京五輪の開催が決定してから、都内の多くの公園で夜間のライトアップが行われるようになった。今年に入ってから、その傾向は強まり、私が路上生活者支援の夜回りで確認しているだけでも、大手町のガード下や日比谷公園で新たなライトが設置され、寝泊まりの禁止を伝える新たな警告板が設置されている。
減少の背景には、生活保護などの公的支援につながり、路上生活を抜け出した人も少なくないと推察するが、中には公園や道路を管理する行政当局に排除され、他県へと移動した人もいるであろう。
このように五輪は路上生活者の居場所を奪う側面があるが、この間、コロナ禍での住居喪失者支援として東京都が実施してきた緊急宿泊支援(ビジネスホテル提供)にも影響が出始めている。
昨年4月3日、私たち、都内で生活困窮者支援に関わる諸団体は連名で東京都に要望書を提出し、コロナ禍の影響で住まいを失う人々への緊急支援としてビジネスホテルの居室を提供することを要望した。
従前、住まいを失った生活困窮者が生活保護を申請した際、都内各区の福祉事務所では相部屋の民間施設を紹介されることが多かった。しかし、相部屋の居住環境は感染リスクがあるため、私たちは欧米の大都市自治体の取り組みを参考にして、ホテルの居室を提供するように求めたのである。
その後、私たちの要望を受け入れる形で、ビジネスホテルの提供が始まった。全ての区ではないものの、都内の一部の区では住まいのない人が生活保護を申請した際、都が事前に協議をしていたホテル(「協議ホテル」と呼ばれている)の居室が原則1ヶ月間、提供され、その間にアパートの部屋が見つかれば、すぐにアパートに移れるというルートが確立した。コロナ以前から私たちが求めてきた「ハウジングファースト」に近い形の支援が実現できたと言える。
しかし今年7月初旬から、新規で生活保護を申請した人が「ホテルの宿泊期限は7月22日まで」と福祉事務所から言われるケースが散見されるようになった。背景には、五輪の関係者を優先したいというホテル側の意向があると見られていたが、調べてみると、大会関係者の予約で部屋が埋まっているホテルもあることがわかってきた。
私たちは東京都福祉保健局の担当者に対して、感染が広がる中、生活困窮者がホテルではなく相部屋の施設に誘導される事態が起こりかねないことに危機感を抱いていると伝えたが、担当者は「五輪が無観客開催になるかどうかを注視している」と述べるだけで、様子見の姿勢であった。
要望書提出の後の記者会見の場で、私はある記者から五輪をめぐる状況についてどう思うかを問われ、「国があまりに場当たり的な対応を取っているので、都の福祉部局も場当たり的になっている」と批判した。
7月16日、私たちは都に再度の申入れをおこない、担当者との意見交換をおこなった。
すると、担当者は「生活保護申請者用のホテルの居室は確保できた。ホテル間の移動をしてもらうことはあるかもしれないが、キャパとしては確保できた」と明言した。
おそらく、無観客開催になった影響で、部屋を確保できたのだろうと私は感じている。
私たちのもとには、「宿泊期限は7月22日まで」と言われていた人たちからも「宿泊が延長になって安心した」という報告が来るようになった。
このように生活保護申請者用のホテルについては、「棚ぼた」式に問題が解決したが、その一方で生活保護とは別枠で都が実施していた宿泊支援では、4~5月にホテルに入居した約120人の支援が7月12日に終了するという事態が生じてしまった。
このことに対して、都の担当者は「宿泊期限の終了後に生活保護などの公的支援につなげるため、事前に相談会を開催した」と説明をしており、相談の結果、三十数人は公的支援につながったそうである。しかし、残りの八十数人は、その後の公的支援につながらず、ホテルを退去することになった。
池袋でホームレス支援を続けるNPO法人TENOHASIによると、12日以降、池袋駅周辺だけで14人が路上に戻ってきていることを確認したそうである。
この点について、都はもともと期間限定の宿泊支援であり、その後の公的支援につながるための努力もしたので問題はないという立場だが、これまで宿泊期間を延長してきたにもかかわらず、なぜ緊急事態宣言の初日に支援を打ち切ったのか、という点には疑問が残る。私は五輪関連の宿泊需要と関連があるのではないかと疑っている。
この点について、私たちはホテルを退去した人たちが希望した場合は再利用できるようにしてほしいと要望し、都も柔軟に対応することを約束した。
このように私たちが要望した結果、一定程度、ダメージを抑えることができたが、五輪はコロナ禍での行政の貧困対策にも影響を及ぼしている。有観客の開催となっていれば、混乱は避けられなかったであろう。
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