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【50】南海トラフ地震に対する事前避難対象地域指定をきっかけにその時をイメージする

福和伸夫 名古屋大学減災連携研究センター教授

 7月2日に名古屋市が、南海トラフ地震臨時情報に対する事前避難対象地域を指定した。200万人を超える市民が暮らす政令市での地域指定は、地域社会に大きな影響を与えるが、英断だと思う。

事前避難対象地域に指定された海抜0メートル地帯

 名古屋市は伊勢湾の奥に位置するので、本来、南海トラフ地震が発生しても津波到達には相当の時間がかかる。しかし、市西部には海抜0メートル地帯が広がる。万一、強い揺れで堤防が沈下すれば、地震直後から浸水する。過去の地震でも、強い揺れによって液状化するなどして堤防が沈下し、破堤した事例がある。

 最大クラスの地震が発生すると、この地域は震度6強以上の揺れに襲われると予想されており、破堤すれば地震直後に浸水し、長期間湛水する。このため、名古屋市は、2年前に内閣府がまとめたガイドラインを参考に、堤防が沈下したら30分以内に30センチ以上浸水すると予想される地域を、事前避難対象地域に指定した。地震後の避難では、命を守ることが困難になるためである。

 対象地域内の住民は、南海トラフ地震臨時情報(巨大地震警戒)が発表された場合には、後発地震に備えて1週間の事前避難が求められる。1週間という期間は、避難生活の限界を考えてのことで、危険性が低下したというわけではない。また、30分以内に30センチ以上浸水する場所だけの指定で妥当かどうかも議論が必要だと思われる。

拡大南海トラフ地震の津波に備えてかさ上げされた名古屋港の防波堤=2020年2月5日、名古屋市港区

南海トラフ沿いでの地震発生の多様性

 過去、南海トラフ沿いでは、100~200年程度の間隔で巨大地震が繰り返し起きてきた。南海トラフ沿いの地震の起き方は多様である。昭和の地震は1944年12月7日と46年12月21日に東南海地震と南海地震が2年の時間差で起きた。東南海地震の翌月には誘発地震ともいえる三河地震が発生し、南海地震の2年後には福井地震も起きた。このときは駿河トラフ沿いに破壊が及ばなかったため、その後、東海地震説が唱えられた。

 安政の地震は1854年12月23日と24日に東海地震と南海地震が約30時間の時間差で発生し、さらに約40時間後に豊予海峡地震が、翌年には江戸直下で安政江戸地震が発生した。

 これに対し、1707年宝永の地震では、ほぼ同時に南海トラフ沿い全域で地震が起きた。4年前には相模トラフでの巨大地震・元禄地震も起きている。尾張藩の藩士が残した「鸚鵡籠中記」には、宝永地震の1週間ほど前から前震があったと記されている。地震翌日には、富士山周辺で地震が発生し、49日後に富士山が大噴火した。

 尾張藩の家臣が記した「朝林」には、大阪で圧死5,351人、溺死16,371人との記述がある。安政南海地震でも大阪の津波被害が甚大だったことを考えると、揺れは名古屋ほどではないが、大阪でも臨時情報発表時の海抜0メートル地帯の対応について検討が必要のように感じる。

 なお、津波堆積物調査結果に基づき、2千年ほど前に、宝永地震よりもさらに大きな地震が起きたとの指摘もあり、トラフ軸の大滑り領域の破壊にも注意が必要である。

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筆者

福和伸夫

福和伸夫(ふくわ・のぶお) 名古屋大学減災連携研究センター教授

1957年に名古屋に生まれ、81年に名古屋大学大学院を修了した後、10年間、民間建設会社にて耐震研究に従事、その後、名古屋大学に異動し、工学部助教授、同先端技術共同研究センター教授、環境学研究科教授を経て、2012年より現職。建築耐震工学や地震工学に関する教育・研究の傍ら、減災活動を実践している。とくに、南海トラフ地震などの巨大災害の軽減のため、地域の産・官・学・民がホンキになり、その総力を結集することで災害を克服するよう、減災連携研究センターの設立、減災館の建設、あいち・なごや強靭化共創センターの創設などに力を注いでいる。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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