髙野徹(たかの・とおる) りんくう総合医療センター甲状腺センター長/大阪大学特任講師
大阪大学医学部卒、甲状腺専門医。2017年―2019年福島県「県民健康調査」検討委員会委員・甲状腺評価部会部会員。2019年よりヨーロッパ甲状腺学会小児甲状腺癌診療ガイドライン作成委員。若年型甲状腺癌研究会コアメンバー
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
過剰診断問題について公正で開かれた議論を
福島では現在、300人もの子供や若者が甲状腺がんと診断されています。このような世代が甲状腺がんに罹ることは極めてまれであり、福島県の人口を考えれば異常事態であることに間違いありません。この事態にどう対応すべきなのでしょうか。
福島の子供たちに見つかっている甲状腺がんのほとんどすべてが、症状が出る前の小さな甲状腺がんが、いわばがん検診として実施された超音波検査を受けることでたまたま発見されたケースです。上記の問いの結論を出すためには、子供たちにがん検診として甲状腺超音波検査を受けさせることが良いことなのか否か、ということを知る必要があります。これからそのことを考えてみましょう。
まず、がん検診で早期に見つけたらいいことがあるがんとはどんながんなのか、ということを説明します(図1)。
がんはその種類によって成長のスピードが異なります。膵がんなどは成長が非常に速いのでチーターにたとえられます。肺がんや胃がんはウサギです。そして成長の遅い前立腺がんなどはカメです。このうち、国が検診を奨励しているのはウサギ型の肺がん、胃がん、乳がん、子宮頸がん、大腸がんの5つだけです。チーター型のがんは早く見つけても治療が間に合いません。またカメ型のがんは症状がでてから治療しても間に合うことも多いので早期診断があまり有効ではありません。すなわち、早期に発見することが死亡率の改善に役立つもののみに対して、がん検診が有効であるとされているのです。
甲状腺がんは従来は中年以降発生してそこから非常にゆっくり成長するカメであると考えられており、やはり検診は推奨されていませんでした。しかし、最近、甲状腺がんの成長はそれほど単純ではなく、特に子供や若者に発生する甲状腺がんは非常に変わった成長の仕方をすることがわかってきたのです(注1)。そのような性質をきちんと理解して診断や治療をしないと、患者にかえって害を与えてしまいます。
若年者の甲状腺がんは成長が速く、派手に転移もします。一見ウサギのように見えます。しかしこのような性質に反して、この病気で死に至ることは滅多になく、20年以内の死亡は極めてまれで、生涯生存率は95%を超えています。どうしてこのような矛盾した性質を示すのか。最近になってようやくその理由がわかってきました。
実は、大部分の甲状腺がんの最初の発生は幼少期なのです。だからこそ、幼少期に首に放射線を浴びると甲状腺がんの発生リスクが上昇するのです。甲状腺がんは一般的には成長が遅い、と考えられていますが、ここから10代-20代までは意外に早く成長します。またこの時期の甲状腺がんの細胞は移動する能力が高く、高い頻度で甲状腺の周囲、特に首のリンパ節に転移します。しかし、変わっているのはここからの成長の仕方です。
30歳に近づくとこのようながんの成長は次第に緩やかになり、その大部分が成長を止めてしまうのです。私はこのようながんのことを「昼寝ウサギ型のがん」と呼んでいます。本来ウサギのように足が速いのですが、イソップ物語にでてくるカメと競争して負けたウサギのように、途中で昼寝して進むのをやめてしまうのです(図2)。
このような昼寝ウサギの中で、オリンピック選手のようにとりわけ足の速いごく一部のものだけが首のしこりとして目立つほど大きくなり、症状を呈するがんとして現れます。昼寝ウサギは10代20代では成長が速く、かつ転移をしているので一見たちが悪いように見えてしまいます。しかし、転移した後であっても、放射線治療が非常に良く効くことも理由の一つではありますが、ほとんどの症例で患者になんらかの悪さをするレベルになる前に成長を止めてしまうので、患者を殺すことは滅多にないのです。
また、表で目立つのはオリンピック選手のウサギだけですので、そこまで足の速くない「一般のウサギ」たちは甲状腺の中にそれこそ山のように隠れています。事実、30代以降に甲状腺の超音波検査を実施すると小さな甲状腺がんは200人に1人程度に見つかり、手術をして調べれば甲状腺の外までがんがしっかり広がっています。しかし、このようながんは検査をしなければ一生気づかれることはないのです。福島の子供たちに甲状腺がんがたくさん見つかったのは、これらを精密な超音波検査で掘り起こしたことが原因です。
(注1) 参考文献:Takano T Natural history of thyroid cancer. Endocr J 64:237-44, 2017.