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東京五輪8強に終わった「なでしこジャパン」が模索する次の一手とは

強いリーダーをどう育てていくか、女子サッカー界全体の重い課題

増島みどり スポーツライター

レジェンドと言われる2人の女性監督が、くしくも同日に退任

 8月27日、日本サッカー協会は女子委員会を開き、16年4月から女子代表「なでしこジャパン」を5年にわたって率いた高倉麻子監督(52)の、任期満了(8月いっぱい)による退任を発表した。

 高倉監督は、スウェーデンに1-3で敗れ8強に終わった成績について「望んだ結果(メダル獲得)ではなかったが、もしメダルを取れていたとしても区切りとして退く時だと思っていた。ネガティブなことではない」と、オンラインで話した。5年の重圧から少し解放されたからなのか時折笑顔も見え、厳しい「試合」を闘い抜いた様子だった。

拡大五輪女子サッカー高倉監督=2021年7月24日、札幌ドーム

 また同じ27日、日本バレーボール協会も強化委員会を開き、中田久美監督(55)の意向を受けて、8月31日付での退任を発表した。「不本意な結果となったことを大変申し訳なく思っています。日本代表監督として、皆さまの想いをしっかり背負い、バレーボール界発展のために様々なことに挑戦し戦い続けた5年間に後悔も悔いもありません」と、コメントを協会に寄せた。1次リーグ1勝4敗で決勝トーナメント進出を逃がしたのは、1996年アトランタ五輪以来、25年ぶり2度目だった。

 自国開催の大舞台にそれぞれ選手として「レジェンド」と、呼ばれたスター選手を監督に起用したのにはよく似た背景があった。

 女子サッカーは11年W杯ドイツ大会で優勝し、翌年のロンドン五輪も銀メダルを獲得。15年W杯も準優勝と、世界をリードする強国となる一方で、勝ち続けるために、澤穂希、宮間あやら主軸の選手たちと、若い選手の世代交代が進まない状況に置かれた。

 16年リオ五輪アジア最終予選で敗退し、世界の女子サッカーの急速な進歩を追いかけながら世代交代をはかるという難しい任務が、同年4月、代表では初の女性監督に就任した高倉監督に託された。

 ロンドン五輪で18年ぶりとなる銅メダルを手にした女子バレーも、リオでは5位と結果が出さず、久光製薬で監督としてリーグ優勝を遂げた中田監督が16年、史上2人目の女子代表監督に選出された。2人の前任、なでしこの佐々木則夫監督(07年から9年間)、バレーの眞鍋政義監督(08年から8年間)とも、トップスポーツでは異例の長期政権(07年から16年まで)だった点も同じだった。

 10年近い体制を変え、強化で大きなインパクトをもたらす作業は、それほど簡単ではなかったと想像できる。まして予想できなかったコロナ禍も加わった。長期政権で陥った「どん底」で、「じっくり考えたら(重責が)怖くなるので、考えるより飛び込んだ」(高倉)「女子バレーが非常に厳しい状態にあると分かっているからこそやるべきだと思った」(中田)と、あえて難しい仕事を受けた2人の意気は称賛したい。両協会は、責務として「女子のスター選手の監督では結果が出なかった」といった話ではなく、丁寧な検証や分析を今後につなげるべきだ。

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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