「国は感染抑制へ約束果たさず」と憤り総合的対応を訴え―神奈川県統括官インタビュー
2021年09月01日
新型コロナウイルスの感染爆発で各地で病床が逼迫(ひっぱく)し、自宅療養者が増えている。
療養中に容体が急変し、命を落とす人も出る中、神奈川県が設けた全国初の酸素ステーション「かながわ緊急酸素投与センター」(24床)の利用者が増えている。症状が悪化した療養者に対し、入院先が決まるまでの間、応急処置として酸素投与を行う施設だ。8月7日に県の宿泊療養施設の一つ、横浜伊勢佐木町ワシントンホテル(横浜市中区)内で稼働を始め、9月1日朝までに90人を受け入れた。
期待通りの役割を果たしているが、神奈川県のコロナ対策を指揮し、酸素ステーションの設置を発案した阿南英明・医療危機対策統括官(56)は「忸怩(じくじ)たる思いがある」と語る。
阿南氏は藤沢市民病院(同県藤沢市)の副院長で、救急医学や災害医学の専門家でもある。2011年の東日本大震災や16年の熊本地震の際は、全国各地から駆けつけた災害派遣医療チーム(DMAT)の活動を東京の本部で支えた。
新型コロナをめぐっては昨年2月、横浜港に停泊中のクルーズ船ダイヤモンド・プリンセスで発生した集団感染の患者の搬送調整を指揮した。その経験を生かしてほしいと県に請われ、同年4月に始まった新型コロナ対応の医療提供体制「神奈川モデル」の構築に務めた。
この体制では、コロナ病床の逼迫を防ぐため、重症者は高度医療機関、中等症者は重点医療機関で受け入れる一方、無症状・軽症者は自宅や宿泊施設での療養を基本とした。
昨年5月からは、中等症者の病床を確保するため、臨時医療施設が順次稼働。感染者が急増した昨年12月には、神奈川県は65歳以上や基礎疾患がある人は原則入院としていた方針を転換。「入院優先度判断スコア」という、年齢や基礎疾患を点数化し、入院対象者を一定の点数以上の人に絞る仕組みを導入した。酸素ステーションを含め、こうした全国の先駆け的な施策の中心にいるのが阿南氏で、行政と医療現場の両面からコロナ対応に奔走している。
そんな阿南氏がインタビューに応じ、政府が酸素ステーションの設置に旗を振ることに複雑な胸のうちを明かした。
――酸素ステーションとはどのような施設ですか
「新型コロナの感染者のうち、自宅や宿泊療養施設で療養中に体調が悪化し、医師が酸素吸入や入院が必要と判断したのに搬送先が決まらない人に、一時的に酸素を投与しています。災害時にけが人や病人に最低限の処置をして命をつなぐ、応急救護所のような施設です」
「決して病院ではありません。命を最終的に救うことを医療の世界では根治治療といいますが、肺炎を治すといった根本的な治療は病院で行います。酸素ステーションは、酸素がなかったら命を落としかねない人に酸素を吸っていただくという、最低限のことしかできません」
――なぜ設置したのですか
「やはり感染者が急増した昨年11月からの第3波中の年末年始、療養中に血中酸素飽和度が低下したのに病床に空きがなく、入院できない人が相次ぎました。そうした人に酸素を投与するには二つの方法があります。一つは、持ち運びできる酸素濃縮器を自宅に届けること。もう一つは、酸素を吸える場所に患者を集めること」
「今は県内の一部で、地域の医師や看護師が架電や自宅訪問によって健康観察を行う『地域療養の神奈川モデル』が始まっています。ですが、当時は実施前でした。患者を集めて医療者の管理下で酸素投与をするべきだと考え、酸素ステーションを設けることにしたのです」
「今は医師や看護師が動いてくれる地域には、酸素濃縮器を提供しています。つまり二つの方法が動いているのです」
――稼働までに半年の間が開きました
「2月に県立スポーツセンター(藤沢市)内に立ち上げました。応急救護所の運営はDMATの基本的な教育プログラムの中に入っていて、DMATのメンバーは訓練を重ねています。ですから、立ち上げは彼らを中心にお願いしました。説明するときは『応急救護所と同じだから』と伝えました」
「野戦病院という似た言葉がありますが、病院という以上は色々な医療を提供できないといけません。そんな施設を速やかにつくれるのは、日本では自衛隊くらいでしょう。我々がめざしたのはテントレベルの、最低限の酸素を提供する施設です。でも、それだけで、失われかねない命がつながるのです」
「2月以降、いつでも稼働できるようにトレーニングを重ね、感染者が減ったときも設備を維持してきました。県立スポーツセンターが東京五輪・パラリンピックの期間中、外国チームの事前キャンプに使われることから、7月から一時的に今の場所に移っています」
――早めに用意したことが功を奏しました
「強調したいのですが、酸素ステーションは、病床逼迫時の保険としてあった方がいい施設です。でも、使わないに越したことはありません。対外的には『使うつもりはない』と言ってきました」
「これを使えば、今の感染状況が解決するというものではありません。保険として用意したものを使わないといけなくなったことを、真摯(しんし)に受け止めないといけません。忸怩たる思いがありますし、悔しいです」
――政府の対応のどこに問題があったのでしょう
「デルタ株の感染急拡大はありますが、政治の責任も一定程度あるでしょう。もともと、感染者が増えてきたら社会にブレーキをかけて感染を抑制するのが国の方針であり、それを前提に医療計画は立てられてきました」
「ですが、事ここに至っても国は約束を果たしていません。人の健康と、社会抑制による経済損失をてんびんにかけているのでしょうが、医療者の一人として憤りを覚えます」
「神奈川県としては、厚生労働省の求めに応じて対策や仕組みを強化し、年末年始の第3波のピークの2倍程度の感染者数に対応できる病床確保計画を作りました。ところが、今の1日あたりの感染者数は、第3波の3倍に迫る勢いです」
「人流を減らせば、感染者数は抑えられます。ですが、県民に社会活動の抑制を強いる以上、経済的な支援策がセットになります。政府が十分な財源と根拠となる方針の打ち出しをしない以上、県にはできません」
「政治は結果がすべてです。今の感染者増は、半分は人災の側面があると言われても仕方ないでしょうね」
――菅義偉首相は8月25日、緊急事態宣言の対象を21都道府県に拡大することを正式決定しました
「人流抑制の効果がいま一つ見えない緊急事態宣言を、漫然と広げているだけのように映ります」
「政府の基本的対処方針にはこの日、酸素ステーションといった入院待機施設の整備が盛り込まれました。まるで、自宅療養の解決策や切り札であるかのようです。ですが、あくまで応急救護施設であり、施設を稼働させるに当たって、どれだけ他の様々な手を尽くした上でのことであったかがわかっていれば、単に全国展開をめざすような打ち出し方にはならなかったはずです」
「菅首相は、そうした位置づけであることをふまえて打ち出すべきでした」
「難しいのは人材、特に看護師の確保です。県内だけではどうにもならず、厚労省を通して全国にお願いしました。それでもなかなか集まりませんでした」
「今は新型コロナのワクチン接種や臨時医療施設の設置が全国で進み、看護師の奪い合いが起きています。医療機関などに圧力をかければ看護師が集まる、といった類いのものではありません。機材や財源があっても、すぐに開設できるわけではないのです」
――そうは言っても、自宅療養者は不安を募らせています
「見ないといけないのは、保険として用意した酸素ステーションを、使わなければいけない状況まで追い込まれた事実です」
「入院調整が困難になる中で8月6日、コロナ患者を受け入れている『神奈川モデル認定医療機関』に対し、医師が延期してもいいと判断した入院や手術は3カ月程度先延ばしするよう要請しました。今年初めに同様のお願いを2カ月程度したのに続いて2回目ですが、期間をより延ばさざるを得ない状況です」
「そこで神奈川県では、医学的アプローチをより前倒ししていくことにしました」
「まずは健康な人を感染させないため、ワクチン接種を進めます。同時に、発熱などの症状が出た人のため、感染の有無を調べる抗原検査キットを事前に家庭に準備する事業を7月29日に始めました。軽い症状だと医療機関を受診しない、通勤・通学をやめないという『すり抜け』が起きています。セルフチェックできる道具を活用して、医療機関の受診を高めるためです」
――重症化を防ぐための手立てはありますか
「これらの症状が強く出た場合は、苦しいのでつい119番通報をしてしまい、結果的に救急や病床が逼迫します。初診から積極的に薬剤を投与することで、症状の悪化を抑えることができます。また、自宅療養中に肺炎の初期の兆候が見られる人には、炎症を抑える作用のあるステロイド剤を早期に処方することにしました」
「ワクチン接種を進め、抗原検査キットで余計な感染の広がりを抑え、医療機関での投薬で重症化を防ぐ。全部が歯車のようにかみ合うことで、今の感染状況に挑めるのです」
――抗体カクテル療法という、二つの中和抗体を組み合わせた点滴薬を使って重症化を防ぐ方法も注目されています
「重症化リスクを下げると期待される半面、重いアレルギー反応であるアナフィラキシーなどの副作用が起きる恐れもあります。そこで神奈川県では医療機関で行うことを基本とし、県立がんセンター(横浜市旭区)などを拠点病院に指定しました。適用者は、発症から4日以内、血中酸素飽和度の値が正常などの基本条件のほか、ワクチン接種の有無などで優先度を設定したので、人数的に限られます」
「これに対し、早期の薬剤処方はシンプルですが、対象者を限りません。県内の各医療機関で広く『面』としてやっていくことが、最終的に病床逼迫の回避策として大きな効果を発揮すると期待しています」
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