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酷暑下開催の「夏の甲子園」は見直しを

スポーツ行事と資本の論理

平山昇 神奈川大学准教授

利権ファーストの商業五輪

 この夏、大きな反対の声が上がりながらも東京五輪が開催された。今回の五輪については、二重の意味で「なぜこの時期なのか?」という疑問が浮かび上がってきた。一つは言うまでもなく「なぜコロナが収束していない今なのか?」であるが、もう一つは「なぜこの酷暑の時期なのか?」という、コロナとは関係なく沸き上がった疑問である。実は、この問題には日本人になじみ深いあの「夏の甲子園」の成立過程ときわめてよく似た「資本の論理」が絡んでいる。

 今回の五輪では、死者こそ出なかったものの、熱中症になって救急搬送された選手が複数出た。政府や組織委が何と言おうと、日本の夏はとても暑い。なぜスポーツをするのに最も向いていないこの酷暑のなかで五輪が開催されることになったのだろうか? それは、現在の五輪が、アスリートファーストではなく、資本の論理に規定された利権ファーストの「商業五輪」だからである。

無観客で行われた東京五輪の開会式で選手たちが入場し、花火が上がった=2021年7月23日、国立競技場、樫山晃生撮影拡大無観客で行われた東京五輪の開会式で選手たちが入場し、花火が上がった=2021年7月23日、国立競技場、樫山晃生撮影

 五輪はメディア資本の影響を受けながら20世紀を通じて商業化していったが、それでも1964年東京五輪の段階ではまだ資本の束縛はゆるやかなものだった。開会式も、そもそも演出の専門家はおらず、式典本部長はなんと前職が県立高校の教頭先生だった人物。つまり、このときの五輪は、さんざん演出にお金をかけてかえって不祥事が続出した今回の五輪とは比べ物にならないほど「手作り」の温かみがある大会だったのである。

 だからこそ、「日本でやるなら秋がいい」という言い分もIOCにしっかり認められて、スポーツをやるのに絶好の季節である10月に開催された。これにちなんで「体育の日」(現・スポーツの日)が制定され、全国各地で秋の運動会の定番日となったように、このときの東京五輪は「過ごしやすい秋の季節にスポーツを楽しもう!」という機運を盛り上げる目的があった。

 これにかぎらず、東京を中心にトイレ水洗化やマナーの改善(行列への割込みやゴミのポイ捨てをなくすこと)が大々的に取り組まれたように、少なくとも1964年の東京五輪には「これを機に日本をもっとよくしよう!」という確固たる目的があった。今回の東京五輪に、そんなまぶしい思いがあっただろうか?

 五輪が米国メディア資本の強いプレッシャーを受けて変質していく転機となったのが、1984年のロス五輪であった。「日本でやるなら秋がいい」という、1964年には当たり前だった理屈はもはや認められなくなってしまう。

 「夏季五輪が10月開催となると、単純にその価値が薄れる。その時期にはすでにさまざまなスポーツ大会の契約が存在するからだ」

 これは、元CBSスポーツ社長のニール・ピルソン氏の言葉である。もちろんここで彼が言う「価値」は、米国メディア資本にとっての「価値」であって、アスリートにとっての価値ではない。

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筆者

平山昇

平山昇(ひらやま・のぼる) 神奈川大学准教授

1977年長崎県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。立教大学兼任講師、九州産業大学地域共創学部観光学科准教授などを経て神奈川大学国際日本学部国際文化交流学科准教授。著書に『初詣の社会史 鉄道と娯楽が生んだナショナリズム』(東京大学出版会、第42回交通図書賞受賞)、『鉄道が変えた社寺参詣』(交通新聞社新書)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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