躍進は自己研鑽と支援の成果~強化拠点や人材の一層の充実と、共生への意識を
2021年09月13日
東京パラリンピック陸上の男子走り高跳びT64(運動機能障害・義足)に出場した41歳のベテラン、鈴木徹(SMBC日興証券)は、1㍍88の今季ベストを跳んで4位に入った。これまでロンドン、リオデジャネイロと連続して4位。6大会目の東京で狙った悲願のメダル獲得には届かなったが、それでも大きな価値と意義のある入賞といえる。同じT64のクラスには運動機能障害の選手も出場しており、ただ1人「義足の」ジャンパーだったからだ。
メダリスト全員が2㍍を超える記録をマーク。高校生の全国レベルに一気にあがるほど従来とは異なるレベルの記録となった。
「メダルが獲得できずにとても悔しいが、このクラスで義足の選手は自分ひとりだったので出場に価値があったと思う。メダルをめぐる旅をもう少し続けてみたい」と試合後話し、来年行われる世界パラ陸上選手権(神戸)を含む競技生活の続行に意欲を見せた。
大雨にもかかわらず、学校連携プログラムで観戦した子どもたちから拍手の大応援を受け、競技を続ける希望が湧いたという。経験を次世代に伝えるためにも、指導と現役を並行した「プレーイングマネジャー」の道も模索する。
5日に閉幕した東京パラリンピックには、162カ国と地域、また難民選手団を加えた約4400人が出場。日本は金メダル13を含む51個のメダルを獲得し、2016年リオ大会の金メダル0から躍進を遂げた。
陸上に限ると、視覚障害や、車いす競技でメダルを獲得できたものの、鈴木のような義足の種目でメダルを取れなかった。
女子走り幅跳びで視覚障害T11のクラス(全盲)に出場した高田千明(36=ほけんの窓口グループ)は、自己ベストとなる4㍍74をマークし、リオデジャネイロの8位から5位へと進化を遂げた。銅メダルとの差はわずか12㌢。大会前には好調で、5㍍への手応えも十分にあっただけに、「もう少し上を目指していたので悔しい」と振り返る。
高田のコーラーを務める大森盛一(しげかず、49)は、1996年アトランタ五輪男子1600㍍リレーが、日本記録をマークし5位に入ったレースでアンカーを務めた元トップランナーである。3分0秒76の日本記録は現在も破られていない不滅の記録となった。
一度は陸上競技から完全に離れた大森が、思いもよらなかったパラリンピックで国際舞台に戻ったきっかけは、本格的に競技に打ち込もうとしていた高田と出会ったことだった。
18歳で視力を完全に失い、北京大会には届かなかった高田は、大森が主催する「アスリートフォレストトラッククラブ」に、「大森さんに、トップレベルの指導を受けたい」と飛び込んできた。
「障がいがあるのに、どうしてこんなに純粋で懸命に打ち込めるのか」と驚き、コーチ業に止まらず、自身も経験のなかった「コーラー」を兼任する形で指導を始めた。
コーラーや、今大会でも出場した100㍍(予選落ち)の伴走を務めながら、兼任では客観的な指導が難しいとも感じる。外国のトップ選手は、試合中、スタンドのコーチに指導を受け、コーラーは連携して改善をはかれる。こうした体制を作るには、選手を支える「競技パートナー」の確保も必要になる。
この大会を通じ、パラスポーツへの関心は間違いなく高まった。しかし、それがいつの間にか冷めてしまうのか、それとも、関心がさらに社会へのインパクトを与えられるのか、これからが重要になる。
パラスポーツの競技レベルの向上や維持には、パラ専属のコーチを含め、大森が務める「コーラー」のように、絶対に欠かせない競技パートナーと呼ばれる人々の発掘も欠かせない。大学や実業団との連携は、競技力の向上だけではなく支援でも求められるはずだ。
今大会で金メダル数を伸ばしたオランダは、同国が誇るスピードスケートの科学分析をパラ選手にも導入し、躍進したイタリアの陸上チームも義足の使い方をデータ分析、選手にフィードバックした。
走り幅跳びのレームが拠点とするドイツの「バイエル04レバークーゼン」は、サッカーを含め地域の総合スポーツクラブで、大手薬品メーカーの「バイエル」が資金援助を行っている。陸上の室内練習場を持ち、跳躍の専門コーチが他の地域からの選手も受け入れるなど、同国全体のパラ競技強化の拠点としても機能する。
2000年のシドニー大会から20年出場を続ける鈴木も、アトランタ五輪入賞を経験する大森も、規模は小さくてもパラスポーツの強化拠点を置く重要性を提言する。
鈴木は現在、日本パラ陸上競技連盟に立ちあがったプロジェクトチームの一員として、これからパリ大会まで、また28年のロサンゼルス大会までの7年の強化策の議論を重ねる。
その中で大学との連携や、今大会のように、日本国内で国際レベルの競技大会が実施されれば、多くの人に可能性を実感してもらえると期待を寄せる。来年神戸で行われるパラ陸上の世界選手権は好機となる。
日本陸上競技連盟との交流はかつてないほど活発になった。五輪は文科省、パラは厚労省と、長年別れていた強化や資金援助の枠組みはオープンになり、東京都北区にあるナショナルトレーニングセンター(NTC)の利用も可能になるなど今大会がもたらしたプラスの面はある。
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