壊滅への壁、警察がとるべき対策は
2021年09月25日
頂上作戦はまだ途上です。
15年1月に福岡県警本部長になった吉田さんは、樋口さんから引き継いだ頂上作戦をさらに進め15年6月、工藤会トップを所得税法違反容疑で逮捕しました。懲役3年、罰金8千万円の有罪が確定した判決によると、組織が建設業者などから集めた「上納金」のうち約8億円について「金庫番」の組員と共謀して申告せず、所得税約3億2千万円を脱税したとされました。暴力団の力の源泉は「暴力」と「カネ」です。資金源を断ち、暴力団の弱体化を促すモデルケースとなるかも知れません。
吉田さんは今年9月、私に今回の判決について「警察、検察の地道な努力を裁判所が認めてくれました。今後の暴力団捜査がよい方向に進んでいけます」と語りました。
米田壮さんの後任として15年1月に警察庁長官になったのは金高雅仁さん(67)です。捜査2課長を警視庁と警察庁でやり、警視庁刑事部長、警察庁刑事局長を務めました。在イタリア日本大使館勤務時代には、現地の捜査当局によるマフィアなど犯罪組織への対策をつぶさに学びました。
「トップを死刑や無期懲役にもってゆき2度と組に戻れない状態をつくる。徹底した捜査を遂げる」
言葉通りに今年8月の判決公判ではトップに死刑、ナンバー2に無期懲役が言い渡されました。9月に当時の発言の真意を聞くと「頂上作戦着手から9か月がたち、警察は捜査で苦労していた。一方、工藤会の側は『その程度か』と高をくくっていた。工藤会を壊滅させるという警察の本気度を示したかったのです」と答えました。
判決について金高さんは「暴力団対策上すごく大きな意味を持つ」と評価します。実行犯への直接の指示がなくても、トップが一審とはいえ死刑判決を受ける前例ができたことで、暗黙であっても襲撃の指示ができなくなり、こうした凶悪犯罪の抑止効果が生じるというのです。
壊滅は実現できるのか。確かに頂上作戦や一連の取り締まりで工藤会の勢力はピーク時(08年)の1210人(構成員と準構成員の合計)から20年末には430人に減っています。でも金高さんは「すぐには難しい」と話します。講演でも触れた通信傍受や「司法取引」の積極的な活用が必要との考えです。
工藤会関係者は判決後、私の問いに判決への不満を語り、組織への影響は「何もない。変わらん」と断言します。捜査関係者は「今回判決は一審で、確定するまで数年はかかるだろう」との見通しを示したうえで野村、田上両被告による組織の支配は当面続くとみています。
「社会不在」が長く続く両被告に代わって組織を運営し、ほかの暴力団との連絡や交渉を担う「シャバのトップ」が工藤会にいます。その人物は20年秋、それまでの70歳代の幹部からひと回り若い幹部に替わりました。もっと若い40歳代の傘下組織組長も要職に就きました。捜査関係者によると2人は組織内で「資金集めに長けている」との評価を得ているといいます。「2人は北九州ではなく首都圏で資金獲得をしている。組織の維持にはカネが不可欠。そのあたりを考えた両被告が決めた人事だろう」と別の捜査関係者は見ています。
クラブへの手榴弾投げ入れ事件を捜査するなど福岡県警で長く工藤会対策を担った藪正孝さん(65)=福岡県暴力追放運動センター専務理事=も「簡単には消滅しないでしょう。彼らを必要としている、利用しようとしている人がいる限り壊滅は容易ではありません」と楽観していません。
私は藪さんの提言に加え、暴力団の「非合法化」が必要と考えます。存在そのものを事実上認めている現状では壊滅など望めません。弁護士や警察庁の一部で、一時期前向きに議論されましたが、市民襲撃が途絶え、中途半端に摘発実績が上がると沙汰止みになりました。
工藤会を含めた日本の暴力団勢力は統計を見る限り確かに減っています。警察庁によると2020年末現在2万5900人です。暴対法施行の02年には9万600人でしたから激減といえます。事件に関与したとして警察が20年に摘発した構成員・準構成員は約1万3千人で、これも毎年減っています。
では暴力団はもはや治安阻害要因と呼べないのでしょうか。私が取材した実感だとそうは思えません。食いはぐれた組員や、離脱した元組員は外国人犯罪組織とつながりを持ち、お年寄りをだまして大金を詐取する「特殊詐欺」で稼いでいます。中国のマンションの一室
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