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[57]「NPOの方が良質の支援ができる」の落とし穴~生活保護ケースワーク外部委託問題から考える

桜井啓太さんと語る「貧困支援の産業化」の問題点―NPOと行政の関係、議論深めよう

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

 一人の高齢者が自らの受けた不当な扱いに声をあげたことがきっかけとなり、自治体が長年、続けてきた違法性の高い事業の問題点が明るみに出た。それは、今まさに国が検討を進めている制度変更の議論にも影響を与えるかもしれない。

 これからお伝えするのは、そんなドラマのような実話である。

中野区から生活保護利用者に「返金請求」の書類届く

 事の発端は、東京都中野区で生活保護を利用しているAさん(70代男性)が、2020年の秋、役所から1通の封書を受け取ったことに始まった。

 封書の中身は、数ヶ月前に区がAさんに支給したアパートの更新料(約10万円)を返還するように求める書類であり、「過払金」を同封の納付書を使って返金するようにと書かれていた。

 封書にはAさんの自宅を定期的に訪問している担当の相談員(B氏)の印鑑が押してあり、書面での問い合わせ先にもB氏の名前と内線番号が書かれていた。

拡大中野区役所からAさんのもとに送られてきた返還を求める書類
 倹約家のAさんは月々の保護費から少しずつ貯金をしており、自費でアパートの初期費用を用意し、転宅したばかりだった。転居の数ヶ月前、中野区は前の住居の更新料を支給していたが、Aさんが自費で転居したことを知ったB氏が「Aさんはお金があるようだから更新料は返還してください」と言い出したため、更新料として支給された保護費の返還と納付期限までの支払いを求める送付状が送られてきたのである。

請求は「不利益変更」で法律違反、区は誤り認め謝罪

 生活保護法の56条には「被保護者は、正当な理由がなければ、既に決定された保護を、不利益に変更されることがない。」という規定がある。いったん支給された更新料を「過払金」として返還を求めるというのは、この「不利益変更の禁止」という原則に明らかに違反する行為である。

 Aさんは自宅を定期訪問している医療スタッフに相談。そのスタッフから連絡を受けた支援団体(私が代表を務める「つくろい東京ファンド」)が中野区福祉事務所に抗議したところ、区は更新料の返還請求が誤りであったと認め、担当課長がAさんに謝罪した。


筆者

稲葉剛

稲葉剛(いなば・つよし) 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。認定NPO法人ビッグイシュー基金共同代表、住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 1969年広島県生まれ。1994年より路上生活者の支援活動に関わる。2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。幅広い生活困窮者への相談・支援活動を展開し、2014年まで理事長を務める。2014年、つくろい東京ファンドを設立し、空き家を活用した低所得者への住宅支援事業に取り組む。著書に『貧困パンデミック』(明石書店)、『閉ざされた扉をこじ開ける』(朝日新書)、『貧困の現場から社会を変える』(堀之内出版)等。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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