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2021年の大谷翔平は何が偉大だったのか?~本塁打王・二桁勝利は未達成。でも……

大リーグの日本人打者の系譜、大リーグの歴史、米球界のあり方などから見える成果とは

鈴村裕輔 名城大学外国語学部准教授

 大谷翔平(ロサンゼルス・エンゼルス)の2021年の大リーグ公式戦が終わった。

 一時は、「日本人大リーガー初の本塁打王」や「ベーブ・ルース以来の二桁本塁打、二桁勝利」が期待されたものの、最終的に本塁打はアメリカン・リーグ3位、勝ち星も9つで、いずれも実現は来季以降に持ち越しとなった。

 しかし、本塁打王や「二桁本塁打、二桁勝利」が未達成であったからといって、2021年の大谷の活躍の価値が損なわれることはない。それどころか、大リーグの日本人打者の系譜、大リーグの歴史、米国の球界のあり方、そして大谷自身のことを考えると、今季の成果がいかに大きいかが見えてくる。

マリナーズとの今季最終戦、先頭打者として46号本塁打を放つエンゼルスの大谷翔平=2021年10月3日、米シアトルのT-モバイルパーク

「真の強打者」へ踏み出した重要な一歩

 大リーグにおいて、1シーズンで何本の本塁打を打てば「長距離打者」と認められるだろうか。

 日本のプロ野球の場合、30本塁打が一つの目安となる。これに対し、大リーグでは40本塁打を記録して初めて「長距離打者」と認められ、50本塁打を放たなければ「真の強打者」とみなされない。経験則に従えば、大リーグに昇格してから概ね6年以内に、50本塁打を記録するのが地力のある証拠のようだ。

 ちなみに、いささか気の毒な話だが、6年以上かかって50本塁打を達成すれば、薬物の不正使用などを疑われる可能性もある。

 大リーグに昇格して9年目の1996年に50本塁打を放ったボルティモア・オリオールズのブラッディ・アンダーソンは、30本塁打以上を残したのもこの1年だけであったこともあり、後に不正薬物の使用が取り沙汰された。

 また、2001年に大リーグ史上最多となる年間73本塁打を放ったバリー・ボンズ(サンフランシスコ・ジャイアンツ)も、50本塁打以上を記録したのが大リーグ16年目のこの時だけであったことから、その新記録には疑惑の眼差しが向けられ、後の薬物疑惑への伏線となっている。

 いずれにせよ、大リーグでは「より多くの本塁打を記録できるのはより若いうち」という考えがあるのは事実である。それだけに今季、46本塁打を放ったことで、大谷は来季以降に「真の強打者」となるための重要な一歩を踏み出したと言えるだろう。

マリナーズとの今季最終戦に臨むエンゼルスの大谷翔平=2021年10月3日、 米シアトルのT-モバイルパーク

「非力な日本人打者」のイメージを超えた

 2001年のイチロー(シアトル・マリナーズなど)に始まった大リーグにおける日本人打者の系譜はたどると、期待と失望を繰り返しながら、評価がじわじわ下がってきた過程でもあった。

 走攻守のいずれにも優れ、MVPを獲得するとともに、打者として野球殿堂に選出されるための重要な指標である通算3000本安打を記録したイチローや、安定した成績を残し続けた松井秀喜(ニューヨーク・ヤンキースなど)は、「日本最高の打者」や「日本が誇る強打者」の面目をほどこした。

 だが、それ以外の打者の多くは、単年では優れた打撃成績を残しても、複数年にわたり一定の水準を保つことが出来なかったり、大リーグで求められる長打力を示せなかったりしたまま、そのキャリアを終わることがほとんどだった。

 なにより、日本人大リーグ選手の年間最多本塁打の記録が2004年の松井による31本塁打であり、昨年まで年間20本塁打以上を記録したのが松井、大谷の両名のみであったことは、大リーグの関係者に「日本人打者は非力」という印象を与えるには十分だった。

 そんななか、松井の年間最多本塁打記録を17年ぶりに更新するだけでなく、40本塁打以上をはなって「長距離打者」の仲間入りを果たし、「非力な日本人打者」というイメージを超えたのが、今季の大谷だった。

右越えに46号となる先頭打者本塁打を放つエンゼルス・大谷翔平=2021年10月3日、米シアトルのT―モバイルパーク

打撃術・投球術の進化の一歩先を行く「二刀流」

 大リーグの特徴は、とにかく「記録」が好きということだ。実際、様々な切り口から既存の「記録」を分析する。

 大谷についても、たとえば「47本塁打を放てば、史上初めて『47本以上の本塁打と25盗塁』が達成される」といった報道がなされるのは、どうすれば従来とは異なる視点から記録を眺められるかを考える米国らしさが現れているとも言えるだろう。

 そして、2021年に注目された記録のひとつが、「1918年のベーブ・ルース以来の二桁本塁打、二桁勝利」である。

マリナーズ戦に先発したエンゼルスの大谷翔平=2021年9月26日、米アナハイムのエンゼルスタジアム

 シーズン最多本塁打や通算本塁打数の記録が破られ、通算打率や通算打点などでも他に優れた選手がいるなか、今もなお人々から愛され、大リーグの象徴とも目されるのがベーブ・ルースである。

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