観客フル収容―コロナと向き合うスポーツ界の青写真を描く大会に
2021年10月10日
昨年、新型コロナウイルスの世界的パンデミックによって、五輪だけではなくほとんどの国際競技会が中止、延期に。体操の世界選手権は五輪のない年に開催され、20年の東京五輪翌年、21年にコペンハーゲン(デンマーク)で行われる予定だった。
そうした中、昨年11月にFIG(国際体操連盟)の渡辺守成会長(62)は、自身の出身地である北九州での開催を決定。以降、東京五輪での前例や、北九州市、福岡県独自の感染予防策を検討する「新型コロナウイルス対策会議」を定期的に開いて、感染状況と並行しながら開催準備を進めて来た。
このほど、政府の行動制限緩和のための実証実験「ワクチン・検査パッケージ」の導入によって、満員での開催を公表(約2500人)し、チケット販売を始めた。万単位で収容するJリーグ、プロ野球との観客数には大きな差があるものの、コロナ禍から続いた収容人数の制限を撤廃するのは国内スポーツイベントでは今大会が初めてとなる。
「見てもらって、感じてもらうのがスポーツの価値。選手としてはありがたい」
五輪、パラリンピックとも史上初の無観客で実施され、選手は開催そのものへの喜び、周囲への感謝を口にした一方で、どんな時でも会場に足を運んで声援をくれるファンや、家族、友人に4年に1度の特別なパフォーマンスを会場で披露できないもどかしさ、虚しさも味わったはずだ。
内村の「ありがたい」には、今大会が、今後のスポーツ界に示す可能性や、アスリートとファンが共有するスポーツの原点への思いが込められているようだ。
大きな節目となる五輪を終えたにもかかわらず、選手たちが高いモチベーションで今大会に臨もうとするのも、「応援される側とする側が感動を共有する」という喜びの力だろう。五輪で男女で計5つのメダルを獲得した日本選手たちの成熟した、芸術的な演技を再び日本で観戦できる価値は高い。
FIG会長で、現在3人となった日本のIOC(国際オリンピック委員会)理事も務める渡辺氏は五輪前の昨秋、「東京へのモデルケースにしたい」と、米国、中国、ロシアと日本の4カ国による「友情と絆の大会」を主催し、コロナ禍から一早く、国際競技会の正常化に足を踏み出した。
そして今回は、五輪後に目を向け「大きな競技会の在り方や、スポーツ界にとって試金石となる大会にしたい」と話す。
渡辺会長は、東京五輪を含むこれまでの競技大会で開催側が主に発信してきた「スポーツで夢や感動、希望を」といったメッセージに加え、新しい価値を見出すために今大会を位置付ける。スポーツ大会を、観客動員によるチケットの売り上げ、マーケティングによって、成功か失敗を判断するだけではなく、「SDGs」(持続可能な開発目標として17の世界的目標と169の基準を設置したもの)を、大会開催の意義に明確に加えた。
今大会でもモバイル端末や小型家電から資源を再利用しメダルを作成。メダルをかけるリボンも、リサイクル衣料から取った再生糸で編んでいる。北九州市は、東京五輪で問題になった弁当などの食料廃棄にも取り組むため、食べ残しを「たい肥」に変えるプロジェクトを含み10、11月を「SDGsマンス」に制定。市内の様々な場所で、市民も100以上の取り組みに参加する。
渡辺会長は、ポスト東京五輪のスポーツ大会には、「社会貢献と、スポーツがもたらす産業革命が求められるのではないか」と理念を掲げる。FIGも初めて、大会期間中に「サンテジム」と名付けたジムを市内に設置し、食事と運動、社会コミュニティ参加を3本柱に、高齢化社会の大きな課題「フレイル」(加齢による運動機能の衰え)の予防に貢献するプログラムを立ち上げた。
SDGsに含まれる「ジェンダー推進」のため、大会中、現役女子選手や、田中理恵、畠山愛理(両氏とも大会組織委員会理事)の元選手によるジェンダーに関する勉強会も予定され、中継局のテレビ朝日も系列局を含め、男性が多い現場で男女の参加率を見直す徹底ぶりだ。
世界体操の日本開催は2011年の東京大会以来10年ぶりで、当時は、翌年ロンドン五輪での悲願の団体金メダルを目指していた。内村航平の個人総合3連覇、床の金メダルのほか、男子団体総合の銀(金は中国)など6つのメダルを獲得した。
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