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ウィシュマさん民事訴訟弁護団・児玉晃一さんに聞く入管・難民問題(下)

隣人を閉じ込め、難民を閉め出す日本。私たちは何をすればよいのか?

松下秀雄 「論座」編集長

「日本のシングルマザーだから」難民と認めた豪州の審判

 迫害のおそれがあるのかどうか、確かに噓をつこうと思えばつけるかもしれません。しかし、認定を誤って本来保護しなきゃいけない人を本国に帰してしまうと、本当に命を失うかもしれない。その判断ミスは取り返しがつかないわけです。

 難民を受け入れるのが嫌だったら、難民条約から抜けるべきでしょう。ほかの国は何万人も受け入れている中で、日本だけ40何人では条約に加入した国としての責務を果たしているとはとうていいえません。

 最終的に上訴審で覆されたのですが、シングルマザーであることによる不利益を理由に、日本人女性がオーストラリアの審判所で難民認定されたことがあります。職場ではセクハラをされ、家では恥だと言われて父親に殴られる。子どもはいじめに遭うだろう。それなのに国は助けてくれない。そう訴えて難民と認められたんです。現在も、海外で難民認定されている日本国籍の人が40人います。

入管の強大な権限、発端は70年前に

 ――日本は戦後、「共産主義者だ」とか「好ましくない」とみなした在日コリアンを強制送還しよう、「共産主義者」が日本に入ってくるのを防ごうとし、入管に強大な権限を与えたと聞きます。それがいまも続いているのでしょうか。

 まさにそのままつながっていると思います。当時の外国人問題とは在日朝鮮人の問題だった。アメリカから来た人がいまの入管法の骨格をつくったんですが、東西冷戦が始まるなか、在日朝鮮人を破壊活動分子とみなして帰そう、日本に入れないようにしようということで制度設計がされたようです。裁判所の審査もなく収容してしまうことには当時も反対論があったようですが、顧みられなかった。いまなら「テロを防ぐため」といえばなんでも通るのと同じような状況だったんでしょうね。そこが発端で、それからおよそ70年も続いています。

拡大1959年に撮影した、大村入国者収容所(現在は大村入国管理センター)の内部。朝鮮戦争に伴う日本への密航者や、在日コリアンを送還するために収容した=長崎県大村市

「票にならない」壁をどう乗り越えるか

 ――児玉さんは2019年に日本記者クラブで記者会見をした時、入管・難民問題が改善されない理由として、「票にならない」ことを挙げていました。確かに在日コリアンからは日本国籍と選挙権を剝奪したので、彼ら彼女らの立場に立った政策をとっても「票」になりにくい。また、日本は

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筆者

松下秀雄

松下秀雄(まつした・ひでお) 「論座」編集長

1964年、大阪生まれ。89年、朝日新聞社に入社。政治部で首相官邸、与党、野党、外務省、財務省などを担当し、デスクや論説委員、編集委員を経て、2020年4月から言論サイト「論座」副編集長、10月から編集長。女性や若者、様々なマイノリティーの政治参加や、憲法、憲法改正国民投票などに関心をもち、取材・執筆している。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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