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[58]「底の抜けた社会」を放置したまま「分配」を語るな~各党に問う「公」の責任

今こそ、「ナショナルミニマムの保障」の議論を。全ての人が安心して生きられるように

稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

拡大NPO法人「TENOHASI」が実施した弁当配布と生活相談。炊き出しには長い列ができた=2021年9月25日、東京都豊島区の東池袋中央公園

各党競う「分配」政策―評価軸は「底」の再建につながるかだ

 10月19日、衆議院総選挙が公示され、31日の投票に向けて選挙戦がスタートした。各党党首によるテレビ討論会が開催されたり、各党の政策比較ができるサイトが広く閲覧されたりと、政策をめぐる議論も活発になっているが、そこで頻出しているのが「分配」というキーワードである。

拡大岸田文雄首相の所信表明演説(10月8日)から作ったワードクラウド(WC)。多く使われた言葉ほど大きな文字になる。「新しい」「分配」という言葉が特徴的だ
 コロナ禍において拡大した格差への対応が必要だという認識は、与野党問わず、ほぼ全ての政党で一致しており、各党が「分配」政策を競い合う姿は過去には見られなかったものだ。そのため、対立軸が見えにくくなっているという声もあるが、私が関わる困窮者支援の現場から見ると、対立軸は明確である。

 それは、「その政党の唱える『分配』は、抜けてしまった社会の『底』を再建することにつながるものなのかどうか。社会に暮らす全ての人の暮らしを下支えする政策が提示されているのかどうか」という評価軸だ。

深刻度増す支援現場 不十分な「公助」

 昨年春以降、コロナ禍の経済的影響により仕事と住まいを失う人が増加し、貧困の拡大に歯止めがかからなくなっている状況を、私たち支援関係者は「社会の底が抜けている」という言葉で表現してきた。

 東京都内の各ホームレス支援団体が定期的に実施している食料支援の場に集まる人の数は、今夏以降、さらに増加傾向が強まっており、9月25日にNPO法人TENOHASIが実施した池袋での弁当配布・生活相談には、416人が列をなした。400人を超えたのは、リーマンショックの影響が強かった2009年以来である。この連載で報告してきたように、支援を求めて集まる人の属性も、世代・性別・国籍を越えて多様化してきている。

 感染対策のために経済活動を一定、制限すれば、生活に困窮する人が増加するということは容易に予想しえたことである。それでも「社会の底を抜ける」のを止められなかったのは、政府の姿勢が「自助・共助」頼みであり、「公助」が不充分だったからだ。

拡大NPO法人「TENOHASI」が実施した弁当配布と生活相談。日没後も相談が続いた=2021年9月25日、東京都豊島区の東池袋中央公園

現金給付だけでなく、従前からのセーフティネットこそ問題

 選挙戦では、多くの政党がコロナ禍での緊急対策として現金給付の提案をおこなっており、その対象をどう設定するのかという点に注目が集まっている。

 私は、日本も他の先進国のように複数回の現金給付を実施すべきであり、迅速に支給するために支給は一律におこなうべきだと主張してきた。本来、特別定額給付金は一度限りではなく、緊急事態宣言が発出されるたびに支給されるべきだったと思う。

 今回、遅まきながら現金給付の必要性が議論されていることは、一歩前進とも言えるが、テレビ討論等で貧困をテーマに議論が行われる際、現金給付だけが焦点化されているのを見ると、違和感を抱かざるをえない。

 コロナ禍の貧困拡大によって露呈したのは、現金給付をはじめとする緊急対策が不足しているということだけではなく、従前から存在していたセーフティネットが充分に機能していない問題も大きいからだ。

拡大党首討論で議論する(左から)社民党の福島瑞穂党首、国民民主党の玉木雄一郎代表、共産党の志位和夫委員長、立憲民主党の枝野幸男代表、自民党の岸田文雄総裁、公明党の山口那津男代表、日本維新の会の松井一郎代表、れいわ新選組の山本太郎代表、NHK党の立花孝志党首=2021年10月18日

元々「底」に穴が開いていたから崩落した。どう張り直すのか

 例えば、菅義偉前首相は今年1月に「政府には最終的には生活保護という仕組み(がある)」と発言したが、その生活保護の捕捉率(制度を利用できる要件のある人のうち、実際に利用している人の割合)は、2~3割にとどまっている。コロナ禍では生活保護の運用について一定の改善はあったが、一部自治体による「水際作戦」(相談に来た人を追い返すこと)も根絶されておらず、まだまだ利用しづらい制度であることは変わりない。

拡大参院予算委で答弁する菅義偉首相。コロナ禍で生活に苦しむ人たちへの対応を問われ、「政府には最終的には生活保護という仕組み」があると述べた=2021年1月27日
 生活保護の手前の支援策についても同様だ。賃貸住宅の家賃を補助する「住居確保給付金」制度の利用件数(2020年度)は約13万5千件と、前年度(約4000件)の33倍以上に増えたが、収入要件が厳しすぎる等の制約があるため、「家賃の支払いに困っていても制度を利用できなかった」という人は少なくない。

 生活に困った人が活用できるはずの制度は存在しているものの、使い勝手の悪さから利用できない人が続出する。

 社会の「底」の比喩を使うなら、そもそも「底」に穴が開いていたから、「底」が崩落してしまったのである。

 政治家たちには、当面の緊急対策をどうするかということと同時に、社会の「底」をどう張り直すのか、という議論を闘わせてほしい。

 そのために必要なのは、政策を議論する場から事実上、消えてしまった「ナショナルミニマム」という言葉を呼び戻すことだ。

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筆者

稲葉剛

稲葉剛(いなば・つよし) 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授

一般社団法人つくろい東京ファンド代表理事。認定NPO法人ビッグイシュー基金共同代表、住まいの貧困に取り組むネットワーク世話人。生活保護問題対策全国会議幹事。 1969年広島県生まれ。1994年より路上生活者の支援活動に関わる。2001年、自立生活サポートセンター・もやいを設立。幅広い生活困窮者への相談・支援活動を展開し、2014年まで理事長を務める。2014年、つくろい東京ファンドを設立し、空き家を活用した低所得者への住宅支援事業に取り組む。著書に『貧困パンデミック』(明石書店)、『閉ざされた扉をこじ開ける』(朝日新書)、『貧困の現場から社会を変える』(堀之内出版)等。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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