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東京五輪を終えたトップ選手たち、去就の秋~レジェンド・内村は?

決断のそれぞれが特別な輝きを放っている

増島みどり スポーツライター

世界体操選手権の種目別ゆかで獲得した金メダルを手に涙を流す村上茉愛=2021年10月24日、北九州市立総合体育館

女子体操エース、大会フィナーレで引退スピーチ

 24日まで北九州市で行われた体操の世界選手権(世界体操、北九州市総合体育館)フィナーレはいつまでも終わらなかった。

 今夏の東京オリンピックを無観客のなか戦い抜いた代表選手たちは、有観客試合(ワクチン・検査パッケージ適用試合)に足を運んだファンに、心からの感謝を表そうと、閉会式が終っても観客席にサイン入りの大会Tシャツを何枚も投げ込むサプライズや記念撮影を続けた。

 そんななか、最終日の女子ゆか運動で世界体操2度目の金メダル、平均台で銅メダルを手にした村上茉愛(25=日体ク)が、マイクで突然、場内に向かって引退スピーチを始めた。

 「皆さん! 応援ありがとうございます。私は今日で引退します」。弾んだ声に会場がどよめく。「最後に感動を与えられたと思います。皆さんの応援があったからここまで来られた。これからも体操ニッポンをよろしくお願いします」

世界体操選手権で村上茉愛の平均台の演技を見る観客ら=2021年10月18日

会見より先にファンへ 涙と笑顔の即興セレモニー

 すでに引退を示唆する発言はあったが、記者会見より「先に」、場内のファンに明言したのは、待ち望んだ有観客試合への特別な感謝からだったのだろう。

 3歳から体操を始め、小学6年で、H難度の「シリバス」(後方抱え込み2回宙返り2回ひねり)を成功。中学2年で初出場した13年世界選手権でもゆかで4位となり、代表の「顔」として、16年リオ五輪では団体総合4位、東京五輪は団体総合5位、ゆかでは銅メダルを獲得するなど一時代を築いた。

 引退について「精神的な理由もあるし、腰を怪我して引退が近く見えた。いい状態の時に自分で最終地点を決めたいと(コロナ禍での)自粛の後に決めていた。よくここまでやったと思う」と明かし、涙は流すものの、明るい笑顔も絶えなかった。自身のキャリアを「女子でも世界で戦えることは示せたと思う」と、誇らしげに振り返った自信あふれる表情が印象に残る。今後は、後進のメダル獲得を目指し、指導者の道を歩むという。

引退理由は多彩 セカンドキャリアも重要に

 「笹川スポーツ財団」が14年に行った「オリンピアンのキャリアに関する実態調査」によれば、夏季五輪に出場した選手の引退の平均年齢は全体で29.9歳、男子が31.1歳で女子は26.9歳だった。引退理由でもっとも多いのは(複数回答)、男子では「仕事を優先するため」で、これは「年齢による体力的な問題」を上回っている。一方女子では「年齢による体力的な問題」が理由のトップだった。

 東京五輪開催が決定した13年以降、選手が競技力を向上、維持するための環境整備は、医科学面でも施設利用でも前進して来た。今秋続いた五輪メダリスト、選手たちの引退にも「体力的な限界」ととどまらない多様性がうかがえる。

 村上は「いい状態の時に最終地点を決める」と、ゴールを自ら定め、国際舞台での金メダルを獲得。競技者として頂点を極めての引退を選んだ。

目の不調と闘い金獲得の水谷準は「燃え尽きた」 ビジネス挑戦へ

現役最後の試合で懸命にボールを打ち返す水谷隼。Tリーグで張本智和とダブルスを組み白星を挙げた=2021年10月24日、静岡県袋井市のさわやかアリーナ
 東京五輪の卓球混合ダブルスで伊藤美誠と組み、日本人初の金メダルを獲得した水谷隼(木下グループ)は32歳で、10月、Tリーグで最後の試合を終えた。

 引退の要因となった目の不調が、ライトが極端に明るく見えるなどする「視界砂嵐症候群」にあり、有効な治療法がないため日常生活にも深刻な影響を与えていたと告白。16年のリオデジャネイロ五輪で個人初の銅、団体銀、と金、銀、銅全ての五輪メダルを手にしての引退を「(五輪までの目のケアは困難で)もう2度とできない。アスリートして東京五輪で燃え尽きた」と表現した。

 引退理由のトップに挙げられた「仕事を優先」もあげ、今後はビジネスでの挑戦も視野に。卓球界では、日本初のプロ選手としてドイツでも活躍した松下浩二氏が、プロ「Tリーグ」の初代チェアマン、卓球総合メーカー「VICTAS」代表取締役社長として活躍しており、心強いロールモデルだ。

金井大旺は医学の道、萩野公介は大学院でビジネスや環境学ぶ

引退レースを走る金井大旺(左)=2021年10月9日、法政大学グラウンド
記者会見で現役引退を表明した競泳男子の萩野公介=2021年10月24日

 陸上男子110㍍ハードルの東京五輪代表(準決勝進出)、26歳の金井大旺(かない・たいおう、ミズノ)も「仕事を優先」するため、10月に母校法政大で引退レースに臨んだ。函館の実家は歯科医院を開業しており、東京五輪出場の夢のために医大入学を延期。今後は医学の道で勉強に集中する。

 競泳でリオ五輪400㍍個人メドレー金メダルに輝いた萩野公介(ブリヂストン)も10月に引退会見を行い「悔いはない。よく頑張った」と話した。現在27歳で、来年以降大学院でスポーツビジネスや環境問題を学び、セカンドキャリアを見据えている。

世界体操選手権の鉄棒で予選の演技を終え、観客からの拍手に応える内村航平=2021年10月20日、北九州市立総合体育館

引退と現役続行の狭間 体操のレジェンドの決断は……

 27日、競技会や引退の記者会見でもない「対談」に大きな注目が集まった。

 世界体操の男子鉄棒に出場し、代名詞の「着地」を完璧に止めた内村航平が、「一番会いたかった人」と熱烈なラブコールを送った相手は、男子柔道で五輪3連覇の偉業を達成した野村忠宏氏(46)だった。内村が所属する自動車販売業者「ジョイカル」の全国会議がこの日都内で行われ、2人の対談が初めて実現した。

 アテネ五輪で3連覇を達成した後、ひざや肩の手術を乗り越え40歳まで現役を続けた憧れのレジェンドを前に、内村は率直に、32歳の今「引退か現役続行か」に悩む姿をさらけ出し、「僕の人生相談みたいな対談になっちゃいました」と、照れくさそうだった。

野村氏から内村へ「捨てるべきプライド、貫く信念。続けたからこそ見えた景色がある」

 野村氏は「個人的には、ボロボロになってあがく内村航平も見てみたい」と、対人競技と採点競技の違いはあるものの、五輪、世界選手権8連覇を果たしたレジェンドにエールを送った。

 野村氏は、引退を決断するのは、よく言われる「引退の美学」にあるのではなく、「競技者としてどう戦うかにある」と、現役時代から話して来た。その信念を「捨てるべきプライドがあり、貫く信念がある。続けたからこそ見えた景色があった」と内村に伝えると、自社イベントに参加しているとは思えない真剣な様子で、内村がうなずき、沈黙する場面もあった。

 自ら「会心の一撃」と表現した

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