タブー視されてきた深刻な被害 選手と競技組織、ファン、メディアを含めた取り組みを
2021年11月12日
11月に入り、メンタルヘルスの問題で無期限の休養をしていた大坂なおみ(24=日清食品)が笑顔でテニスコートに戻ってきた。
自身のインスタグラム(5日、@naomiosaka)を更新し、「ちょっと(テニスの腕が)なまった感じはするけれど、コートに戻って来られて良かった」と投稿。9月5日に、四大大会のひとつで2度の優勝を果たした全米オープン3回戦で、ランキング73位の18歳、フェルナンデス(カナダ)に敗退し、試合後の記者会見で「勝っても嬉しくない。自分が何をしたいのかを理解し、考える時が来たように思う」と、涙ながら明かしていた。
トップアスリートとして競技の頂点に上り詰める様子は報道される一方、プレッシャーとストレスにメンタルヘルスがどれだけ深刻な被害を受けているかは長くタブー視されていた。
大坂は今年6月、全仏オープンの会見をボイコットする一因として「2018年に全米オープンで優勝して以来、メンタルヘルスの問題で長い間、不調に悩んできた」とオープンに。その告白はテニス選手や女性アスリート、プロにとどまらず、驚くほど多くの国、競技、年代の選手たちの共感を集める結果となった。
今夏の東京五輪では、この最高の舞台で金メダルを4つ獲得してきた女子体操のスター選手、シモーン・バイルス(24=アメリカ)が、団体総合の競技途中で「心の健康を何より優先するため」と棄権。五輪会場で棄権する勇気を持って問題を伝えた姿勢に、同じ体操選手たちからだけではなく、世界的ミュージシャンやサッカー選手からも称賛の声が寄せられた。
選手たちがメンタルヘルスにどう向き合い、ファン、メディアを含めた周囲がどう関わって支援すべきなのか。とても大きなテーマが、改めて提起された年となった。
10月24日まで行われた体操の世界選手権(世界体操、北九州市立総合体育館)では、こうした問題への対応を取材できた。
今大会は、「ワクチン検査パッケージ」の実証実験の対象大会となり、報道陣はワクチン接種証明書を提出し、社会的距離を取った上で、久しぶりに対面での記者会見が実施された。メダリストたちはひな壇に座るのではなく、記者やカメラマンと同じ目線で着席。彼らにとって圧迫感はある。
女子個人総合のメダリスト会見の直前、2、3位に入ったアメリカの女子選手、リアン・ウォンとケーラ・ディセロが、チーム関係者がリラックスした様子で話し合っていた印象的な場面がある。
「さぁ、リラックスして、先ず大きな深呼吸をしてちょうだい」
女性のチームマネジャーに背中をさすられて、銀、銅メダリストのティーンエイジャー2人は大きく深呼吸した。そして、スタッフの1人が首筋に手を置いて、正常な脈を確認していたのだろう。こう続けた。
「記者会見で、答えたくない質問を受けたり、圧力やストレスで、もし感情をコントロールできないと思ったら、すぐにこちらに伝えていいのよ。無理をしないように」と促され、2人は確認事項に大きくうなずいてから記者の前に出て行った。特に10代の若い選手への配慮を確認し、世界体操のメダリストとして会見に送り出す様子に、この問題が世界中でいかに重く受け止められているかが表れていた。
米国女子体操チームは現在、バイルスのメンタル問題の原因ともされる、医療スタッフの選手に対する性的虐待の裁判、選手の証言が行われ、スポーツ界だけではなく、選手の訴えを無視したとしてFBI(米連邦捜査局)、政治家を含む大スキャンダルに発展している。
そうした中で、体操関係者の間では長く問題視されてきた「ツイスティーズ」と呼ばれる危険な症状について、改めて身心両面からのアプローチがされていると世界体操で聞いた。
メンタルの不安定さと関わる症状で、競技中に突如方向感覚が乱れ、大けがを招く恐れがある状態に陥る。バイルスはこの状態について「ずいぶん良くはなったが、今でも恐ろしい」と話す(10月、世界体操の期間中に米国で出演した番組トゥデイで回答)。
米国のチームスタッフには「大変デリケートな時期であり問題なので、個人としてのコメントや特定の話はできなくて申し訳ありません」と細かい取材は断られた。しかし、五輪後からさらに、メンタルサポートのための医療スタッフを増員し、独自のメンタルチェックや、選手が気軽に話をできる環境作り、コロナ対策によるストレスに配慮しながら、長い遠征の場合には家族とのビデオ面会を定期的に行うなど新たな体制作りについて対応策は聞いた。
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