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「パティシエ エス コヤマ」の長時間残業問題で考える洋菓子文化の未来

赤木智弘 フリーライター

 「♪ 朝一番早いのは パン屋のおじさん」

 と歌う分にはほのぼのとした童謡でも、それが毎日続く長時間労働の一端であると考えると、地獄のような内容に聞こえてくる。

 兵庫県の人気洋菓子店「パティシエ エス コヤマ」が、約半数の社員に月100時間を超える時間外労働をさせていたとして、労働基準監督署から2度にわたる是正勧告を受けていたというニュースがあった。また、社内調査では一部の従業員に残業代の未払いが発覚したとのことだ。

 同社はホームページに「労働基準監督署からの是正勧告への対応について」という文書を掲載し、労働環境改善の取り組みと時間外手当を支払っていくことを約束している。

「小山ロール」で知られる洋菓子店「パティシエ エスコヤマ」=2021年11月3日、兵庫県三田市「小山ロール」で知られる洋菓子店「パティシエ エス コヤマ」=兵庫県三田市

 月に100時間を超える残業は、週休2日とすると、毎日4〜5時間程度である。基本の労働時間が8時間、休憩を1時間、通勤時間が往復1時間とすれば、仕事のために占有される時間が1日15〜16時間ということになる。なお1日は24時間である。

 これで従業員たちが人間らしい生活を送っていたとは思えず、仕事以外は食事して風呂に入って(酒飲んで)眠るくらいのことしかできなかったのではないだろうか。

 法的にも労働基準法・36協定では原則、月45時間、年360時間以内という残業の上限が決められており、たとえ特別条項があったとしても、月100時間以上の残業は違法となっている。

 また1カ月100時間の残業は「過労死ライン」でもあることから、このラインを超えて働かせていた以上、会社側は社員の安全管理の義務を怠っていたと言えるのである。

従業員が「やりがい」を感じていても……

 今回の会社に限らず洋菓子店では長時間労働が常態化していると聞く。

 理由としては非常に簡単で、どの洋菓子も作るのに非常に時間がかかり、なおかつラインナップを多くとりそろえる必要があるからだ。

 長時間労働を短くしたいと考える会社ならば、冷凍技術を含む機械化を促進したり、商品のラインナップを少なくして売れ筋に特化したり、販路を絞って作る数を少なくしたりと、様々な工夫をしている。

 だが、もし「ラインナップも多くして、冷凍などは極力使わずに手作りの商品を多くのお客様に届けたい」と考えるならば、長時間労働にならないように、その規模にふさわしい人員数をちゃんと雇い育てるのが会社の義務である。

 「パティシエ エス コヤマ」の社長である小山進シェフ・パティシエは、数々の洋菓子コンクールで優勝し、メディア露出も多い有名シェフである。

「パティシエ エス コヤマ」「パティシエ エス コヤマ」の開店前の朝礼。一番左が小山進社長(シェフ・パティシエ)=2014年、兵庫県三田市

 当然、小山シェフに憧れて会社の門を叩くパティシエも多い。

 そうしたことから今回の件も一種の「やりがい搾取なのでは?」という印象を抱く。

 「やりがい搾取」とは、ちゃんとした労働環境をつくらず、生活が成り立つだけの時給も支払わず、その代替物として職場の人間関係や、一体感、達成感などといった、賃金以外の「やりがい」を与えて長時間労働や低賃金労働をごまかすことだ。こうした搾取には当然批判が起きている。

 だが、今の店で働くということは「小山シェフの下で働けること」や「パティシエとしての修業になること」という、本人にとってのメリットも大きい。

 働く側も「多少厳しくても、あのシェフの下で働けるのだからがんばろう」という気持ちを持った人が多かったはずである。

 そうしたことから長時間労働も「労働者が納得しているから良いのでは?」とつい考えてしまいそうになる。

 しかし、それではダメなのである。

 と言いうのもそれは、会社の

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