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札幌五輪「900億円削減」を垂れ流した新聞社

メディアは開催都市、IOCとの共謀をやめ、経費の徹底追究を

小田光康 明治大学ソーシャル・コミュニケーション研究所所長

不可解な経費の巨額削減の見出し

 「札幌冬季五輪、経費最大900億円削減へ 市、3千億円以内に 世論に配慮」(北海道)、「札幌五輪経費 900億円削減へ 既存施設を活用」(読売)。2021年11月14日、こんな見出しの「特ダネ」記事が北海道新聞と読売新聞に掲載された。

 翌15日に札幌市の秋元克広市長は定例会見であらためて2030年冬季五輪招致の意向を示し、その際には経費削減策にも触れた。そして翌16日、朝日新聞と毎日新聞の紙面には「札幌五輪経費、900億円削減 招致へ市方針、既存施設活用」(朝日)、「30年冬季五輪:札幌五輪計画 経費900億円削減へ 市の負担額は450億円に」(毎日) との見出しの記事が並んだ。

 北海道と読売の「前打ち報道」はたぶんにアドバルーン的な匂いがする。事実関係の検証もせずに報道し、独自取材を強調した。朝日と毎日の後追い報道はそれを追認する感じがある。この背景には札幌五輪招致に向けたマスメディアによるアジェンダ設定の香りが漂う。

冬季五輪の招致問題について会見で話す秋元克広市長=2021年11月15日、札幌市役所拡大冬季五輪の招致問題について会見で話す秋元克広市長=2021年11月15日、札幌市役所

 ここで深刻な問題は「900億円削減」という文字列だ。なにを根拠にこの巨額の経費削減を断言できるのだろうか。札幌市による2030年冬季五輪の開催経費はまだ試算段階。この過程で見積もり金額が大幅にずれることなど日常茶飯事だ。架空の削減額が報道する価値のあるニュースなのか甚だ疑問だ。

 これまでの五輪招致では、立候補都市は開催費用を意図的に低く見積もって招致を勝ち取り、その後はなし崩し的に費用を膨張させてきた。今夏の東京夏季五輪の当初予算は7000億円程度だった。それがいまや1兆6500億円と倍以上に膨れ上がった。関連費用まで含めれば3兆円規模になる。このつけは東京都民だけでなく、日本の国民全体で負うことになる。

 札幌市の秋元市長は五輪経費の膨張問題を百も承知だ。定例会見では「経費を小さく見せて、決まったら『増えました』では許されない。正しくかかる経費はきちんと盛り込む」と強調した。

 老獪な政治家ならば、まずは開催経費を多めに見積もり、その後に大きな削減案を示すというレトリックなど容易に思いつく。優秀な側近官僚ならば常套手段の範囲内だ。公権力の言説を批判的に読み解くことがジャーナリストの基本姿勢だ。

 「900億円削減」という大げさな見出しは、市民を欺くための権力の印象操作の垂れ流しに過ぎない。しかも、マスメディア報道の致命的な欠陥は、この削減額を肯定的に、しかも、あろうことか横並びで取り上げたことだ。記者クラブ取材の弊害ここにあり、といった様相だ。

 これまで札幌市は、五輪の開催経費を総額3100億円から3700億円の間だと試算してきた。この数字から最大900億円削減するとなると、当初試算から約3割も削減されることになる。言い換えれば、国民からの血税を含むこの巨額の開催経費が、無駄なばらまきに使われかねない状況だった。これをマスメディアが見逃し、見過ごしてきたということだ。マスメディアの権力チェック機能の衰退が著しい。

当初試算の妥当性を検証しないメディア

 商品の売上高など将来予測を含む試算では大きな誤差が出ることもある。一方、大会運営や施設整備のなどの経費は、積み上げ式で比較的誤差も無く試算が可能な費目だ。900億円削減の対象になった費目には、アイスホッケー会場を建て替えではなく改修にする、ボブスレーは1998年長野五輪会場を利用する、選手村は既存のホテルなどを活用するなどである。

 こうした札幌市の経費削減の説明も腑に落ちない。札幌市の上田文雄市長(当時)が2026年の冬季五輪招致を表明したのは2014年11月のことである。IOCはこの1ヶ月後、既存施設や仮設会場の活用推進や開催都市以外での競技開催など経費削減を求める「オリンピック・アジェンダ2020」を採択した。

 2018年の胆振東部地震発生で札幌市は五輪招致活動を断念した。その際、秋元現市長が2030年招致を目指すと表明した。この時点で秋元市長は当然、IOCの経費削減策を念頭に置いていたはずだ。

 今になって札幌市が東京五輪の経費膨張問題を深刻に受け止め、IOCの経費圧縮策を受け入れることにしたとの説明では、誰も納得しないだろう。巨額経費削減策の記事は、マスメディアが公権力に取り込まれたか、無批判だったかは分からない。ただ、おかしな数字だけが一人歩きしている。

 ちなみに、本稿で取り上げたマスメディア4社は東京五輪組織委員会と利害を共にする公式スポンサーだった。札幌五輪招致の件についても、札幌市に対して第三者として取材しているのかは甚だ疑問だ。調査報道を重視するマスメディアなら、札幌市の当初試算の数字の妥当性をまず、検証した報道をすべきだった。

朝日新聞社が2021年5月26日にサイトで公開した社告拡大朝日新聞社が2021年5月26日にサイトで公開した社告

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筆者

小田光康

小田光康(おだ・みつやす) 明治大学ソーシャル・コミュニケーション研究所所長

1964年、東京生まれ。明治大学情報コミュニケーション学部准教授。米ジョージア州立大学経営大学院修士課程修了、東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。専門はジャーナリズム教育論・メディア経営論・大学経営政策論。現在、タイ北部山岳少数民族に向けた感染症予防メディア教育開発、及び貧困農村経済開発対策のプロジェクトに携わる。米Deloitte & Touche、米Bloomberg News、ライブドアPJニュースなどを経て現職。米五輪専門メディアATR日本代表、東京農工大学国際家畜感染症センター参与研究員などを兼任。日本国内の会計不正事件の英文連載記事”Tainted Ledgers”で米New York州公認会計士協会賞とSilurian協会賞を受賞。著書に『スポーツ・ジャーナリストの仕事』(出版文化社)、『パブリック・ジャーナリスト宣言。』(朝日新聞社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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