人が移動させた動物たちの「その後」を考える
2021年11月22日
アメリカ、オハイオ州の地方裁判所で、「コカイン・カバ」に人に準ずる法的権利を認める判決が出たというニュースが、アメリカでは大いに話題になっている(「アメリカの裁判所が「麻薬王のカバ」を人間と認める歴史的判断」サマンサ・ベルリン ニューズウィーク日本版 2021年10月22日)。
カバが法的には人間、というのも奇妙だが、そもそも「コカイン・カバ」という言葉自体が私たちには馴染みがない。カバがコカイン依存症になるなんていうことがあるのだろうか⁉
麻薬王エスコバルは、1993年にコロンビアの治安部隊に殺害されるまで、コロンビア政府、アメリカ政府、他のカルテルなどを敵に回しながら、コカインを世界に売りさばき、自宅に飛行場から私設の軍隊まで所有する大富豪に成り上がった。
しかし、その史上もっとも凶悪と言われた男には意外な趣味があった。彼は、動物が大好きだったのだ。彼は世界中から、潤沢な資金を思うまま遣って、様々な動物を集め、自宅敷地内に私設動物園を作っていた。
エスコバルが射殺されたあと、この動物園は解体されて、キリン、ゾウ、ダチョウなどのほとんどの動物はコロンビアの動物園に引き取られていった。しかし、エスコバルが特に気に入っていたアメリカの動物園から購入したという4頭のカバ(オス1頭、メス3頭)に関しては、差し押さえたコロンビア麻薬当局が、運搬が困難であることを理由に園内の池に放置した。まあ、4頭ぐらいいいか、と考えたのだろうか?
しかし、近くを流れるマグダレナ川の自然条件が体にあったのか、天敵になるような生物がいなかったためか、ともかくカバたちは自由を謳歌して繁殖し、今では80頭から100頭ほどの個体が生息しているという。
このカバたちが、いわゆる「コカイン・カバ」である。
体重1トン以上のカバたちが平気で周辺を闊歩しているなんて、住民は大迷惑だろう……と、日本人なら想像してしまうが、カバのおかげで若干観光地化している部分もあり、この地域の住民たちは、概ねカバたちを「可愛い」と感じていて、夕方カバが郊外を歩く姿にも慣れてしまったらしい。
2009年に、政府が頭数を減らす目的で、1頭のカバを射殺したところ、それは一部の住民たちがペペと名付けて愛着を持っていたオスであったことから、住民や動物保護団体から多くの非難が巻き起こった。さらにペペを射殺したあとに、ハンターを手伝った兵士たちが、死骸を囲んでポーズをとっている「記念写真」が公開されたことも、住民の強い怒りを引き起こした。
現在コロンビア政府は、射殺ではなく、避妊を検討しており、ダーツで避妊薬を打つ方法を試してはいるが、そもそもどの個体に薬を打ったのかがわからなくなるし、薬の効果も確かではないらしい(「増えすぎた『麻薬王のカバ』、ダーツで避妊薬投与 コロンビア」CNN.co.jp 2021年10月19日 )。アメリカの法廷で証言する専門家は、もっと効果のある避妊薬にするべきだと提案する予定とか。
もちろんコカイン・カバがいるのはコロンビアの話。
アメリカでカバの権利が認められても、それは象徴的な意味でしかないだろう。しかし、この訴えを起こした動物の法的権利を代弁する団体(The Animal Legal Defense Fund)にとっては、一つのマイルストーンであるのは確かだ。
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