[59]「公的な住宅手当」創設の機運を逃してはならない~衆院選公約実現へ議論急げ
住宅確保給付金の利用34倍、窓口相談は3倍に急増――困窮者支援制度の限界を露呈
稲葉剛 立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科客員教授
政府の給付政策、生活困窮者支援としては不十分
11月19日、政府は財政支出ベースで55.7兆円となる過去最大規模の経済対策を閣議決定した。財政支出のうち、国費は43.7兆円で、2021年度補正予算案として31.9兆円が計上された。
岸田文雄首相は、同日午前の政府・与党の会合で「国民に安心と希望を届けられる十分な内容と規模になっている。成長と分配の好循環を生み出していく」と強調した。
焦点となっていた給付政策では、18歳以下の子どもを対象とした給付(高額所得者の世帯を除き、現金及びクーポンをそれぞれ5万円ずつ支給)や、住民税非課税世帯を対象とした一世帯あたり10万円の現金給付といった支援策が盛り込まれた。

政府与党政策懇談会で発言する岸田文雄首相=2021年11月19日午前、首相官邸
10月の衆議院選挙では、各党が緊急対策としての現金給付の必要性を訴え、その対象をめぐって様々な議論が交わされた。
今回の給付政策は、公明党の「高校3年生の年代まで1人一律10万円相当を給付する」という公約と、自民党の「非正規雇用者・女性・子育て世帯・学生をはじめ、コロナでお困りの皆様への経済的支援を行います」という公約を足し算で合わせたものだと言えるが、生活困窮者への支援策としては不充分であり、到底、「安心と希望を届けられる」内容にはなっていないと私は考えている。
「一律に現金給付、富裕層への課税強化」が有効
現金給付のあり方について私は、迅速に手続きをおこない、所得制限による線引きがもたらす分断を避けるためにも、昨年の特別定額給付金のように一律に現金給付をおこない、同時に富裕層への課税強化をおこなうことで「後で税金として返してもらう」という方法が最も有効で、現実的だと主張してきた。
しかし、政府はこうした考え方を採用せず、子育て世帯を除けば、住民税非課税世帯という極めて限定的な範囲の低所得者世帯だけを支援対象にしようとしている。
政府の限定策、多くの低所得者層を除外し深刻な分断もたらす
東京23区に暮らす単身世帯の場合、住民税非課税の対象となるのは、年収が100万円以下という極度の貧困状態にある人だけである。この地域での単身世帯の生活保護基準は約12~13万円(住宅費分を含む)なので、今回の10万円現金給付の対象となる世帯は国の定める「健康で文化的な最低限度の生活」の水準を大きく下回っている世帯だけということになる。
「子どもがいるかどうか」、「住民税非課税世帯かどうか」という線引きは、単身のワーキングプアを中心に多くの低所得者層を支援対象から排除し、社会に深刻な分断をもたらすだろう。
既存制度の抜本改善を。利用しやすくするのが一番の所得再配分政策
また、私は単発の現金給付等の緊急対策と並行して、生活保護や住居確保給付金などの既存の制度を抜本的に改善し、公的な支援にアクセスできる人を政策的に増やさなければ、貧困拡大に対策が追い付かないと訴えてきた。生活困窮者への支援制度を恒久的に利用しやすくすることこそが、一番の所得再分配政策になるからだ。
今回の対策に、こうした観点が欠如しているのは残念でならない。

生活困窮者の支援団体「TENOHASI」が実施した炊き出しと生活相談。並んだ人たちは次々と弁当を受け取った=2021年9月、東京都豊島区の東池袋中央公園