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J1歴代最多191ゴール、希代のストライカー大久保嘉人が遺した記録と記憶

増島みどり スポーツライター

拡大W杯南アフリカ大会アジア3次予選のタイ戦で、勝ち越しゴールを決めて喜ぶ大久保=2008年2月6日、埼玉スタジアム

警告最多・退場2位――審判とのバトルの果ての称賛

 最多記録はゴールだけではない。

 通算警告数は104枚と歴代最多で、退場数もストイコビッチ(名古屋在籍時)の13回に続くワースト2位の12回。「やんちゃ坊主」「暴れん坊」と、ピッチでの様子を評された。

 会見では、「審判の皆様には迷惑をかけました。そこは謝りたいです。もうサッカー選手ではなくなりますが、(今後も)レッドカードはもらわないようにしたい」とユーモアを交えて謝罪し、場内を笑いに包みこんだ。

拡大今季限りの現役引退を報告するセレッソ大阪の大久保。涙の後、笑顔を見せた=2021年11月22日、大阪市

「キミの動きだけ読めなかったよ。まだまだできると思うけれど」

 大久保にこんな話を聞いた。

 引退を発表した後の試合中、ある審判が「本当に引退しちゃうの?」と、声をかけこう言った。

 「Jリーグの選手で、キミの動きだけはスピードがあって、独特で読めなかったよ。だから、審判に入ると付いて行くのに必死だった。今年見ていて、まだまだできると思うけれど……」

 審判に対し、「ボケ! どこ見てる?」と食ってかかり、暴言でカードを受けた回数も1度や2度ではない。Jリーグ初ゴールをあげた01年4月14日の記念すべき磐田戦も、実はゴール後、退場した。

 しかし、「迷惑をかけた」審判から動きを絶賛され、「まだできる」と言われる。バトルを展開し、謝罪しなければと考えていた審判からのまさかの賛辞に「なんだかすごく嬉しかったですね」と照れた。

拡大セレッソ大阪でともにピッチに立った大久保(右)と森島寛晃(現セレッソ大阪代表取締役)=2004年4月17日

愛された「大久保スタイル」

 号泣で始まった会見だったが、途中、記者から指導者やサッカーでの目標を前提に、「これから目指すのは?」と問われ、「ゴルフの90切りですね」と答え大きな笑いを起こし、クラブに入った時から憧れていた、C大阪のレジェンドでもある森島寛晃代表取締役(49)に花束をもらうと喜んだ。1時間半の会見には様々な感情が率直に表現され、ピッチ同様に「大久保スタイル」が貫かれているようだった。

 そのスタイルこそ、国見高校時代から優等生ではなく、ピッチでは感情を爆発させ、体格でも決して恵まれてはいなかったストライカーが、国内外のファンに、時にはカードを出した審判にまで、鮮やかな記憶を刻み、愛された理由だったのだろう。

拡大ガンバ大阪戦で決勝ゴールを決め川崎のサポーターと喜びあう大久保(13)=2014年4月26日、等々力競技場
拡大天皇杯決勝で鹿島に敗れ、試合後にサポーターにあいさつする川崎の大久保=2017年1月1日

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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