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クリスマスプレゼントの本当の意味~貧困の連鎖を断ち切り社会的相続の連鎖を

子どもの貧困を改善するためには「世帯まるごと」のアプローチが必要だ

奥田知志 NPO法人抱樸理事長、東八幡キリスト教会牧師

 2021年10月22日から11月30日の期間、私が理事長をつとめるNPO法人抱樸(ほうぼく)では、「抱樸子ども支援事業―食の貧困を断ち切るために子どもたちに“自炊力”を―電気鍋と食材提供で食事を作る力、生き抜く力を」というクラウドファンディングを実施した。数日で目標をはるかに上回るあたたかい支援が寄せられた。目標200万円のところ529人の方々から373万円の寄付が集まった。心から感謝したい。

抱樸のクラウドファンディングの画面から

深刻な「親ガチャ失敗」の連鎖

 抱樸が子ども支援を始めたのは2013年からだ。2015年には世帯支援へと発展。そんな支援現場の経験からこのクラウドファンディングは準備された。

 なぜ、子ども支援だけではなく世帯支援なのか。なぜ、電気鍋なのか。なぜ、自炊力なのか。クラウドファンディングの主旨には、次のような文章が添えられている。

 自炊のできる環境と技術を! 子どもたちに、生きる力を伝えていく。私たち抱樸が支援している子どもたちは一日3食を十分に食べられていない世帯がほとんどです。親が料理をしない環境で暮らす子どもたちは、家で食事を作る文化や調理器具がなく、食糧を届けても根本的な状況改善が難しい背景があります。それは、親自身も子ども時代に教えられていないからであり、「育てられていない」経験が連鎖してしまう現実があるのです。抱樸は、子どもたち自身で調理の方法を覚え、次の世代にも連鎖しやすい“食の貧困”を断ち切る取り組みを皆さんと共にスタートさせます。

 「親ガチャ」ということばを最近、よく耳にする。これは「子どもは親を選べない。生まれた家庭環境ですべてが決まる」ということを指すそうだ。貧困家庭に生まれた子どもたちは「親ガチャ失敗」と自らを語る。

 私たち自身、そんな風に自分のことを語る子どもたちと出会ってきた。「親ガチャ」の深刻さは、その親自身もまた、そのような連鎖の中で生きてきたことにある。その連鎖を断ち切るにはどうしたら良いか。今回のクラウドファンディングは、そんな思いで始まった。

「彼らは今がクリスマスだと知っているだろうか?」

 NPO法人抱樸には、傷ついた若者たちがたどり着く。「私はどうでもいい命(いのち)だから」というのが口癖の子がいる。「一番古い記憶は」との問いに、「洗濯機の中で回されていたことかな」と答えた子がいた。

 愛して欲しかった人に虐待され、誰も信じることが出来ないまま大人になった彼らは、「誕生日とクリスマス、正月が一番嫌い」という。世間が暖かい空気にあふれるその日が、彼らにとって最も淋しい日だったのだ。

 クリスマスなんて知らないで育った、あるいは、自分とは関係のない世界の出来事だと思い込んできた。そんな子たちに、「もうすぐクリスマスだよ」と伝えたい。今年のクリスマスは手作りの鍋で、出来れば愛する人と過ごしてほしい。

 1984年、エチオピアの飢餓を受け、英国とアイルランドのミュージシャンらがBand Aidというチャリティープロジェクトを開始した。「クリスマスがやってきた。もう怖がらなくていい。光を招き入れ闇を追い払おう」で始まる楽曲は、世界で共感を生んだ。

 そして、この曲の終盤にある「Do They Know It's Christmas time at all?―そもそも彼らは今がクリスマスだと知っているのだろうか」との問いかけは、今も私の中にあり続けている。

子どもの貧困改善に「世帯まるごと」のアプローチ

 現在、日本の子どもの貧困率は13.9%だ。相対的貧困率とは、「ある国や地域の大多数よりも貧しい相対的貧困者の全人口に占める比率」(OECD:経済協力開発機構)のことであるが、ここでいう「比率」とは「等価可処分所得が全人口の中央値の半分未満の世帯員を相対的貧困者」とした時の比率を指す。さらに、この「等価可処分所得」とは、「世帯の可処分所得を世帯人数の平方根で割って算出」したものだ。

 こう説明されても、さっぱりわからないが、積算の根拠になっているのが「世帯の所得」であることはなんとなくわかる。とすれば、子どもの貧困を改善するためには、子どもたちへのアプローチと共に「世帯まるごと」のアプローチが必要となる。

 それでNPO法人抱樸では2015年以降、「子ども家族MARUGOTOプロジェクト」を開始した。特徴は「世帯支援」と「訪問型」である。

「布団で寝られたこと」がうれしかった

 学校に行けない。子ども食堂にも来ない。そんな子どもの自宅を訪問し、勉強を教える「訪問型学習支援」。学校、児童相談所、生活保護課などからの依頼を受け訪問する。直接、親の相談にのりたいが、孤立状態にある親たちには、「助けて」と言えない人が多い。しかし、「子どもさんの勉強を教えに来ました」となると、比較的簡単に家の中に入れた。

 ドアが開くまでに1年かかった家庭もあった。抱樸のスタッフは、無理をせず、ひたすら通い続け、ドアが開く日を待つ。入ってみると中はゴミ屋敷。すでにトイレも使用できない状態で、公園のトイレで用を足していた。他人を入れるのに躊躇(ちゅうちょ)する気持ちは痛いほどわかる。

 母親は以前は仕事をしていたが、精神を病み寝たきりに。夜になると子どもたちはゴミの上にブルーシートを敷いて眠る。正直、学習支援どころではない。まずは母親を医療へとつなぎ、部屋の掃除、子どもたちの健康・衛生管理などにスタッフは追われた。

 すでに床が腐っている状態で掃除では追い付かず、行政と話し合って公営住宅へ転居をすることに。引っ越しの翌日、スタッフが子どもたちに「何がうれしかった」と尋ねると、「布団で寝られたこと」との答えが返ってきた。このことばに、スタッフは涙した。

子どもだけの支援は出来ない

 ひとつの家庭に複合的な問題が存在している。だから、子どもだけを支援することは出来ない。親の医療ケア、就労支援、祖父母の介護手続き、親が刑余者の場合は更生支援の手配と出所後の再就職支援。すでに紹介した通り、居住支援が必要となることもある。これらを「まるごと」引き受けるのが、NPO法人抱樸の「子ども家族MARUGOTOプロジェクト」なのである。

 昨年(2020年度)このプロジェクトにつながった子どもは113名。その内「訪問型支援」を受けたのが17世帯、子ども37人。訪問型で始まり、その後市民センターでの「集合型」に移行。さらに学校に通うようになった子どももいる。

 2015年度~2020年度の6年間で中学3年生は53人いたが、その内不登校が36人だった。高校に進学した生徒は50人。残りの3人の内、2人が訓練校、1人が家事手伝いとなった。入学後も中退防止に向けた継続的支援を実施し、42人が当初入学した高校を無事に卒業した。途中退学をした8人については、4人が転入学を果たし、4人が就職した。大学生となった先輩が後輩の面倒をみるというケースもある。

学校や塾に通えない子どもたちを対象に、定期的に開催される学習支援の様子

行政システムには苦手なスタイル

 こうした支援を続けるには苦労が多い。一人ひとりに合わせた支援が必要だし時間もかかる。少ないスタッフが身を粉にして日々取り組んでいるが、世代を超えた支援には長い時間が必要だ。さらに、縦割りが当たり前の行政システムにとって、「MARUGOTO」は苦手なスタイルだ。

 小中学生は教育委員会、15歳以上は子ども家庭局、親が鬱(うつ)なら保険福祉局、就労支援は労働局、働けないなら福祉事務所、刑務所収監中なら法務局等々などに担当がわかれ、これらを一括する受け皿の役所がない。だから、「MARUGOTO」支援にはお金が付かない。使える制度がないからだ。

 NPO抱樸ではこのプロジェクトを遂行するため、毎年1200万円以上の資金を必要としている。これをすべて寄付で賄っているのが現状だ。いただける民間の助成金なども活用させてもらうが十分ではない。「出会った責任」を果たすため、踏ん張っている。「お金がないから今年はなし」とは言えない。それでもこの6年間、多くの人の支えによってプロジェクトは継続できている。

「虐待する親」の背後にあるもの

 虐待の末にNPO法人抱樸にたどり着いた子たちも大人になって変わっていく。来た当初、誕生日を忌避した彼女は2回目の誕生日を笑顔で迎えた。「生きててよかった」。彼女は、その日そう挨拶をした。人は出会いによって変わる。

 結婚して親になった子もいる。出会った日からすれば大きな一歩だ。しかし、それは新しい苦難の始まりでもある。

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