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中絶薬の導入で日本女性にも中絶の権利を

搔爬を前提とした法律と医療を、全面的に見直すべき時だ

塚原 久美 金沢大学非常勤講師、RHRリテラシー研代表、中絶ケアカウンセラー

⽇本の避妊ピルは⾼額

 ⽇本はイギリス以上に例外的な国である。避妊ピルの承認(1999年)より51年も前に中絶を合法化しており(1948年)、中絶が合法化されてから73年経った今でも中絶薬は承認されていない。戦後の優⽣保護法によって、おびただしい数の「望まない妊娠」が避妊ではなく中絶で調整されてきた。2021年現在までの総中絶件数は、公式の統計で約4000万件にも上る。

 —⽅、避妊ピル承認後も、⽇本⼈の使⽤率は⾮常に低い。表1に2019年の国連の調査を元にG7各国の避妊率と主な避妊⽅法を⽰す。こうしてみると、⽇本は他の6カ国に⽐べてホルモン作⽤を⽤いた経⼝避妊ピル、避妊注射、インプラント、⼦宮内避妊器具(IUD)など近代的避妊法の使⽤率がいたって低く、⽐較的避妊失敗率の⾼いコンドームのみに頼っており、総避妊率も低いことが分かる。日本は予定外の妊娠をしやすい国なのである。

 バイエル薬品と東京⼤学の研究チームによる2019年の発表によれば、⽇本の15〜44歳の⼥性の予定外妊娠は年間推計61万件にものぼり、その分娩(ぶんべん)や中絶にかかった費⽤は2520億円、予定外妊娠する可能性のある⼥性が使った避妊費⽤は373億円だったという。研究チームの試算では、コンドームより失敗が少ない避妊ピルやIUDなどの使⽤が10%増えると、避妊費⽤は109億円分増える⼀⽅で、予定外妊娠数は4万件、分娩・中絶費⽤も181億円少なくなる。(朝⽇新聞2019年11⽉27⽇)

 しかし、⽇本の避妊ピルはそもそも海外に⽐べて⾼額で、すべて⾃⼰負担だ。今以上に避妊費⽤がかさむようでは「より失敗が少ない」⽅法に切り替える⼈が増えるとは到底思えない。⼀⽅、海外では避妊に健康保険がきくことも多い。特にイギリスは公的健康医療サービスであらゆる避妊手段がカバーされているため⼥性の負担はゼロである。フランスでは薬代はすべて社会保障制度によって7割が償還され、従来18歳まで無償だった避妊が来年からは25歳までに引き上げられる。アメリカでは何らかの健康保険に⼊っているか福祉の対象者であれば、避妊ピルを含めてすべての避妊⽅法が無料になる。ドイツでは20歳までの⼥性については健康保険で無料になり、福祉の対象者であれば無料でIUDを使える。

 避妊ピルの価格も日本は海外に比べておおむね高いのだが、ブランドによって非常に幅があるので比較しにくい。そこで、日本でも使われている緊急避妊薬(ノルレボ)の価格を比べてみた。すると、イギリスは全額保険カバーで無料、フランスは900円、ドイツは2300円、イタリアは2200円、カナダは2600~3500円、アメリカは4500~5700円だった。⽇本では避妊ピルも緊急避妊ピルも「薬価基準未収載品」として医療保険の対象外であり、医者が⾃由に値段をつけ、患者が全額を負担する「⾃由診療」である。先発品のノルレボは1錠1万円~1万5000円もしていたが、2019年3月に後発品が出た時、業界紙は「後発品は1万円を切る」と報じていた。実際、今でも8000~9000円台くらいのクリニックが少なくない。どうやら⽇本は避妊しにくい国であるようだ。


筆者

塚原 久美

塚原 久美(つかはら・くみ) 金沢大学非常勤講師、RHRリテラシー研代表、中絶ケアカウンセラー

日本の中絶問題をフェミニズムの視点で研究。訳書『中絶と避妊の政治学―戦後日本のリプロダクション』(共訳 青木書店 2008年)、『水子供養商品としての儀式:近代日本のジェンダー/セクシュアリティと宗教』(監訳 明石書店 2017年)など。主著『中絶技術とリプロダクティヴ・ライツ:フェミニスト倫理の視点から』(勁草書房 2014年)は山川菊栄賞、ジェンダー法学会西尾賞を受賞。 SNS:ツイッター @kumi_tsukahara / facebook https://www.facebook.com/kumi.tsukahara

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです