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賠償金を払いすぎているという東電のトンデモ主張【上】被害者を被害者と思わぬ非道に拍車

原賠審の議論や高裁判決を無視する東電――被害を無いと嘯き、声を抑え込む姿勢を問う

馬奈木厳太郎 弁護士

指針は賠償の「最下限」。東電は「上限」とねじ曲げ主張

 中間指針など原賠審が策定した賠償の指針について、一般的には、指針は賠償の最下限を示したものと理解されてきました。中間指針自体が、指針は賠償の「目安」であり、指針に含まれていないものであっても、損害に該当するものはあるとしており、東電に迅速、公平、適正な対応を求めていることも、こうした理解を支えていました。

 一方の東電は、中間指針について、特別の事情がない限り、賠償の上限を画したものとする理解に立ってきました。私自身、賠償に関する交渉の席上で、そうした趣旨の発言を東電の担当者から何度も聞いてきました。

 中間指針の性格をどのように理解するのかについては、指針を策定する際の会議での、原賠審の能見善久会長の次のような発言も参照されるべきでしょう。

拡大原発事故の放射能に汚染された疑いで避難所から運ばれ、ガンマ線の計測を受ける被災者=2011年3月13日、福島県二本松市

原賠審会長、東電の考え方を「もともとおかしい」と否定

 「この審査会のそもそもの役割といいますのは、おそらく、この事故は、本来であれば、当事者、責任を負うであろう原子力事業者と被災者、被害を受けた人たちの間の本来個別的な損害賠償の問題ですが、被害が非常に多数、広くわたっているときに、迅速に賠償するということも非常に重要なことですので、そういう意味で、この審査会というものが賠償の指針というのを設けて、特にその指針というのは、裁判でいけば認められるであろうという賠償を一応念頭に置きながら、しかし、多数いろんな個別事情はあって、いろいろみんなばらばらですので、賠償する東電も納得して、迅速に支払ってくれるような、そういう意味で、共通の損害みたいなものを指針の中で取り出して、中間指針とか、あるいは、その補足の指針として出してきているというものでございます。

 そういう意味で、これを前提として、指針に書いていないから賠償しないという考え方は、もともとおかしい。東電がそういう言い方をしているということは、私も聞き知っておりますけれども、それについては毎回毎回、審査会としても、この指針の性質というものは、そういうものではなくて、個別の事情に基づいて生じる損害については、指針が上限になるものではなくて、それ以上の損害賠償というものは認められるというのが大原則でございます

指針は「東電側も反対しにくい賠償」を決めたと原賠審会長

 「ただ、実際には、被災者と東電の間では、事故を起こした責任者と、それから被害者ということで、当然対立はたくさんあるわけで、この対立が先鋭な部分について、審査会というのは、これははっきり言いまして、なかなか踏み込みにくいところがございます。これはなぜかと言えば、もし、例えば慰謝料の額についても、東電が明らかに反対して賠償を渋るだろうというような額は、なかなかこれは東電がスムーズに払わないということになってしまって、かえって結局指針が機能しなくなる。指針というのは、東電を縛るものではなくて、これはあくまで東電が自主的にその指針に基づいて賠償するものですから、結局、東電がどうしても嫌だと言われてしまうと動かなくなってしまう。じゃ、東電の意向を聞くのかというと、別にそういうことではなくて、これはもちろん普通の損害賠償の場合であればどうであるかというのを調べた上で、東電側としてもそう反対しにくい賠償というものを決めていくというのが指針の役割であると思っております」(2012年1月27日、第21回原子力紛争審査会における能見会長の発言。太字は筆者による)

拡大国道から集落に向かう道をふさぐバリケード=2021年1月21日、福島県浪江町

審査会議事録に記録、全委員から異論出ず

 上記発言は、福島県知事のほか、広野町長、楢葉町長、富岡町長、川内村長、大熊町長、双葉町長、浪江町長、葛尾村長、田村市長、南相馬市長、飯舘村長など、双葉郡の首長らから被害の聴き取りを行っている際のものでしたが、他の委員も同席している場でのもので、議事録として記録されることを認識したうえでの発言でした。

 仮に、能見会長の認識が委員の共通認識と異なるものであれば、他の委員からそうした指摘が当然なされたでしょうし、実際、他の委員もそれぞれ発言の機会が与えられていたことからしても、他の委員も能見会長の発言内容に違和感を有していなかったと考えるのが素直です。同席していなかった委員もいましたが、そうした委員が、能見会長の発言を誤りだと考えれば、その後の原賠審の会議の場などで訂正を求めたりすることもできたはずですが、そうした事実はありません。

拡大仙台市内を行進する生業訴訟原告団=2020年9月

高裁判決も「任意の支払い念頭の和解金的色彩」と認定

 能見会長は、出席者の属性なども考慮し、平易かつ率直な表現を用いて、「東電が明らかに反対して賠償を渋るだろうというような額は、なかなかこれは東電がスムーズに払わない」、「東電側としてもそう反対しにくい賠償」と発言したわけですが、この認識は中間指針の性格を示したものとして誤りではなく、むしろ中間指針の性格を端的に示したもので、会長個人の個人的見解などではありません。

 そして、上記の能見会長の発言などからしても、中間指針は、決して上限を画したものでないことは明らかです。生業訴訟第1陣の仙台高裁判決でも、中間指針について、「(東電の)任意の支払を念頭に置いた和解金的な色彩があることは否定できない」と認定されています。


筆者

馬奈木厳太郎

馬奈木厳太郎(まなぎ・いずたろう) 弁護士

1975年生まれ。大学専任講師(憲法学)を経て現職。 福島原発事故の被害救済訴訟に携わるほか、福島県双葉郡広野町の高野病院、岩手県大槌町の旧役場庁舎解体差止訴訟、N国党市議によるスラップ訴訟などの代理人を務める。演劇界や映画界の#Me Tooやパワハラ問題も取り組んでいる。 ドキュメンタリー映画では、『大地を受け継ぐ』(井上淳一監督、2015年)企画、『誰がために憲法はある』(井上淳一監督、2019年)製作、『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』(平良いずみ監督、2020年)製作協力、『わたしは分断を許さない』(堀潤監督、2020年)プロデューサーを務めた。演劇では、燐光群『憲法くん』(台本・演出 坂手洋二)の監修を務めた。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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