賠償金を払いすぎているという東電のトンデモ主張【上】被害者を被害者と思わぬ非道に拍車
原賠審の議論や高裁判決を無視する東電――被害を無いと嘯き、声を抑え込む姿勢を問う
馬奈木厳太郎 弁護士

福島地裁の裁判官らの検証=2016年3月、双葉町
東電は主張を変えた。集団訴訟の動きに合わせて
さて、それでは東電の主張を確認したいと思います。3つの誓いを公表しつつ、東電は、訴訟の場では、被害者である原告らの主張に対して、賠償請求を棄却する判決を出すよう求め、その理由として、中間指針は合理的なもので、賠償水準としても相当なものであること、中間指針を超える損害はないことを主張してきました。原発事故の被害者が、国や東電を被告として、原状回復や損害賠償を求めた集団訴訟は約30件ありますが、いずれの訴訟でも東電は、同様の主張を展開してきました。
しかし、こうした東電の主張には、2019年末頃から変化が表れてきました。この時期というのは、集団訴訟のうちでも先行している訴訟が、控訴審での審理が終結しつつあるか、あるいはまもなく終結するというタイミングでした。私がかかわっている生業訴訟第1陣も、審理の終結が2020年2月だったので、先行している訴訟のうちの1つでした。
中間指針の内容は合理的で相当なものであるという東電の主張は、どのように変わったのでしょうか。東電が裁判所に提出した準備書面や意見書、法廷で述べた要旨などを材料に、紹介したいと思います。

配布された線量計を手にする児童ら=2011年6月21日、福島県川俣町
東電が持ち出した「中間指針過払い論」
・「中間指針等は、訴訟によらない当事者間の自主的な解決を図るための指針として策定されたものであり、訴訟において通常認定される額よりも高額の(少なくともそれを下回ることのない)賠償額を示したものである」(生業訴訟第2陣で福島地裁に提出された東電の書面)
・「訴訟提起者が被害者総数のわずか約0.8%にとどまっていることは、中間指針等に基づく賠償水準がそのような自主的紛争解決の規範として、機能したことを意味している」(生業訴訟第2陣で福島地裁に提出された東電の意見陳述要旨)
・「自主的避難等対象区域においては、放射性物質の拡散による地域の汚染の程度が、その客観的な放射線量の低さと相まって、同区域の居住者にとって、同区域での居住を続けるに当たって社会通念上『受忍限度』を超えない程度のものであったことをうかがわせる。すなわち、本件原発事故による同区域の環境汚染は、法的には不法行為上の権利侵害とまでは評価されないレベルであり、同区域での居住を続けることによる法的な意味での損害を発生させるものではない」(生業訴訟第1陣で最高裁に提出された東電が依頼した専門家〔千葉勝美氏〕の意見書)
・「公益的・公共的な施策としての観点からの支払であり、一種の被害者保護の支払はすべきであるという発想に近いものであろう」(同上)
・「中間指針追補等は、本件原発事故との相当因果関係が認められる範囲の損害を賠償するという観点からではなく、いわば政策的配慮から賠償額を示したものである」(同上)
・中間指針に基づき東電が支払った賠償金は、払い過ぎであるので、直接請求や原発ADRの手続で支払ってきた賠償金の全額が、財産的損害に対するものも含めて、既払金として弁済に充当されるべきであり、弁済の抗弁を主張する(生業訴訟第2陣で福島地裁に提出された書面での主張)
「指針は損害を上回る」「賠償金を払いすぎている」と主張
上記の東電の主張は、まさに「中間指針過払い論」とでも評されるものですが、次のような構成要素から成り立っています。
①中間指針は、相当因果関係が認められる損害を上回る賠償額を定めている
②中間指針は、自主的な紛争解決の指針として機能してきており、本件事故の被害者から圧倒的に支持されている
③自主的避難等対象区域には、損害はない
④東電は賠償金を払いすぎている
これまでは、中間指針は合理的で相当だとしてきたものが、いまや中間指針は損害を上回る賠償額を定めている、東電は賠償金を払いすぎているといいだす事態になってしまいました。

事故から10年半が過ぎても避難指示が続く福島県浪江町津島地区。かつての中心部もすっかり寂れた=2021年10月31日