体操にエキシビション文化を~新たな魅力発信へ、フィギュア手本にプロジェクト始動
アテネ金の水鳥氏主宰、トップ選手・OB出演―スポーツの新たな価値を創造
増島みどり スポーツライター
エキシビション「CRISTALLO」、来年2月に初開催
神奈川県川崎市内にある体操クラブで13日、ユニークな発表会見が行われた。04年アテネ五輪団体総合金メダルメンバーで、今夏の東京オリンピックで体操男子の監督を務めた水鳥寿思氏(41)が明らかにしたのは、パリ五輪や世界選手権に向けた強化策や代表選考方法ではなく、来年2月20日に行う体操のエキシビション「CRISTALLO」(クリスタロ、カルッツかわさきにて)の開催プランだった。
記者会見で「体操発スポーツエンターテインメント~CRISTALLO~」の概要を発表する水鳥寿思氏、田中理恵さん、寺本明日香さん=2021年12月13日、CRISTALLOの公式YouTubeチャンネル
会見では「男女のトップ選手たち、色々な立場の方から『体操でエキシビはできないの?』と聞かれる機会が多くなった」と、新プロジェクトの動機を説明。同じ採点競技のフィギュアスケートでは、エキシビが日本に定着し、支持を集めている。「体操でもこうした新しい発信や文化を築けないだろうか」と、五輪でのメダル獲得とは異なる、新しい目標を模索し続けて来た。
フィギュアスケート浅田さんのツアーは202公演で50万人実績
サンクスツアーのフィナーレで満場の観客にあいさつする浅田真央さんと出演者=2021年4月26日、横浜アリーナ
そんな中、フィギュアスケートの浅田真央さんが引退後、「感謝を伝えたい」と、18年5月から座長として始めた「サンクスツアー」にも足を運んだ。当初は10か所ほどで開催する予定だった同ツアーは、今年4月まで実に3年間、30を超える都道府県で202回もの公演をやり切った。50万人以上の観客を集める反響に、水鳥氏は意を強くしたという。
浅田真央さんが座長を務めるサンクスツアーは全国各地で開かれてきた。【左】華麗に舞う浅田さん=2020年11月21日、兵庫県尼崎市【中】客席に向かって手を振る浅田さん=2021年1月10日、大阪府門真市【右】観客に近寄って会場を盛り上げる浅田さん=2019年4月20日、香川県三木町
また、男子のソチ五輪代表で14年に引退し、引退後は大学院で学び、アイスショーも研究題材にした町田樹(まちだ・たつき)さんにも助言をもらった。こうした刺激や学びを形にした「CRISTALLO」は、自身が金メダルを獲得したアテネにちなんで、ギリシャ語の「結晶」の意味。
「体操は、結晶のように繊細でとても細かい技術の組み合わせ。また、結晶のように選手たちの技術を集めたものを表現していければ」と、イベント主宰者として命名に願いを込めた。
シルク・ドゥ・ソレイユの演者参加も構想
具体的な演出は今後練られるが、水鳥氏によれば、演出企画には世界的なエンターテイメント集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」のパフォーマーに参加してもらい、衣装や照明、音楽とのコラボレーションを企画する予定。体操の鉄棒の演技と、(金メダルを獲得したアテネ五輪のNHK中継テーマソング)「栄光の架橋」(ゆず)とのコラボや、女子選手は、競技用のレオタードではなく衣装でも魅せる工夫をするほか、今後アイディアを形にしていく。
水鳥氏らがすすめるSPL体操エンタメ化プロジェクトはすでに動き出している。今年11月には、B.LEAGUEの川崎ブレイブサンダースとコラボし、川崎と富山の公式戦のオープニングショーでエキシビションを披露。体操女子日本代表の寺本明日香さん、元新体操日本代表の国井麻緒さん、社会人チアリーディングチーム「Polar Bear NOAH」、Mizutori Sports Club所属の子どもたちが会場を盛り上げた=株式会社MIZUTORIのウェブサイトから
10月に北九州で開かれた世界体操・世界新体操の会場では、試合前に体操エンタメ化プロジェクトのメンバーがエキシビジョンを披露し、盛り上げた=「スポーツの価値具現化プロジェクト」のクラウドファンディングHPから
選手のキャリア支援や、新たな強化策にも活かせる可能性
体操世界選手権の種目別決勝、平均台で金メダルを獲得した芦川うららの演技=2021年10月24日、北九州市
初イベントには、ロンドン、リオデジャネイロ両五輪代表で現役の寺本明日香(ミキハウス)や、今年10月の世界選手権(北九州)平均台で金メダルを獲得したばかりの芦川うらら(静岡新聞SBS)、男子のリオ五輪団体総合金メダリストの白井健三さん、新体操「フェアリージャパン」の前主将、杉本早裕吏(すぎもと・さゆり)、24年のパリ五輪で新種目に採用されたブレイキン(ブレイクダンス)の選手たちが参加する。また、トランポリンやアクロ体操の出演者も今後加わる予定だ。
寺本明日香「演技機会が増えるのは現役にもとてもいいこと」
体操発スポーツエンターテインメント~CRISTALLO~」の開催を記者会見で発表した水鳥寿思氏、寺本明日香さん、田中理恵さん=2021年12月13日、体操エンタメ化プロジェクトの公式ツイッター画面から
会見に出席した寺本はアイスショーの大ファンと告白し、「どんなに練習を積み重ねても、試合でミスし、代表になれなければそれを披露する場がなかった。床の演技時間は1分半しかない。これじゃぁ(自分を表現するのに)全然足りない!っていつも思っていました」と、エキシビを通して体操への思いをもっと深く、広く表現したいと声を弾ませた。
現役との両立についても、「練習か競技会か、だけではなく、お客さんの前で演技する機会が増えるのは現役にもとてもいいことだと思う」と前向きに捉える。
アイスショーが日本で定着した背景には、観客の表情も見えるほど近い距離で、世界的なトップ選手たちがさらに表現力を磨き、技術力を高め、それが競技会に直結した実績があるからだろう。
ショーにとどまらぬ意義、選手のキャリアを社会貢献につなげる
水鳥寿思氏が発起人となり、2021年8月に発足したスポーツ推進団体「Sports Performance Laboratory」は、スポーツが社会に貢献できる価値を5分野に分類した。エンタメ化プロジェクトやアスリート支援プラットフォーム運営などを位置づけている。
加えて水鳥氏は「現状では、五輪や世界選手権、トップレベルで活躍した選手たちの貴重なスキルが、引退と同時に活かせなくなる。せっかく築き上げたキャリアをさらに活かし、地域や社会貢献につなげる持続性が大切」と、ショーの運営だけに終わらない意義を強調する。
実際に、浅田さんのショーも、スケート業界全体の裾野や産業の拡大にも好影響をもたらしている。「サンクスツアー」を終えた今夏、今後もショーでの挑戦を表明。ショーに出演するスケーターのオーディションを告知し、それが多くのスケーターたちの励みや目標にもなっている。
24歳と体操界でも早く引退した白井は「体操の凄さを、もっと分かりやすく、シンプルに伝えてみたいという気持ちは一層強くなった」と話している。
体操でもリオ五輪の競技日程終了後に「GALA」(ガラ)と称した、大体的なエキシビが行われた例はあるが、日本選手は参加していない。
【左】白井健三さんの代名詞といえる「後方伸身宙返り4回ひねり」の連続写真。2013年10月の世界選手権の種目別ゆかで成功させ優勝。「シライ」と命名された(合成写真)=アントワープ【中】プロ野球・日本シリーズの巨人―楽天戦の始球式に登場した白井選手は宙返りで場内を沸かせた=2013年10月29日、東京ドーム【右】リオデジャネイロ五輪の種目別跳馬で白井選手が世界で初めて成功させた「伸身ユルチェンコ3回半ひねり」の連続写真(24枚を合成)。「シライ2」と名付けられた=2016年8月15日
米国では女王バイルスが五輪後にツアー、世界陸連はスイスの街中で棒高跳び大会
FIG(国際体操連盟、渡辺守成会長)が運営する体操には、男子6種目、女子4種目で行われる体操競技に、新体操、トランポリン、スポーツアクロ体操、スポーツエアロビクス、さらに18年からパルクール(身体のみを使い、障害物を乗り越える=日本体操協会HP)など多数の分野があり、これらを融合するイベントには未知数の魅力がある。
東京五輪の体操女子種目別決勝の平均台の演技を終え、笑顔を見せる米国のシモーン・バイルス=2021年8月3日、有明体操競技場
今回の東京五輪で「メンタルヘルスの問題」と自らが抱える精神的な困難を公表して、競技中にもかかわらず棄権した体操の女王、シモーン・バイルス(米国)は、「ゴールド・オーバー・アメリカ・ツアー」を主宰する。五輪後の今年9月から11月まで、米各都市で自身を含めた20人ほどのチームで、音楽ライブのように床運動や、段違い平行棒を演技し、幅10㌢の平均台で物語を表現。体操をエンタメとして広げ、各地で大好評を博した。大谷翔平が所属するMLBエンゼルスの本拠地、アナハイムの「ホンダセンター」にも1万人ものファンが詰めかけた。
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