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「こどもがこどもでいられる社会」をつくるために~PIECESが目指すこと

「CforC」プログラムから生まれた地域の多様な活動の共通するものとは……

小澤いぶき 児童精神科医、認定NPO法人PIECES 代表理事/Reframe Lab

「一人の人として生きるのが当たり前の環境」が大事

 誰かにとっての「その人らしさ」ではなく、「その人として存在していられる」という状態で、それぞれが共存しあえること、権利を持つ一人ひとりの尊厳が大切にされた状態でそれぞれがいられることこそが、well beingなのではないでしょうか。そう考えると、必要なのは「子どもらしい」かどうかではなく、「子どもが子どもとしていられる」こと、ということになります。

 別の言い方をすれば、「子どもでいられる」というのは、一人ひとりの子どもが、「何らかのメガネに切り取られることなく、一人の人としていられること」「その子が一人の人として安全に暮らせていること。その子が安全に自分の内面を出してもいいと思えること。そして、出したものが受け取られること」であり、そのために大事なのは、「権利主体の一人の人として生きていくことが、当たり前の環境がある」ことであり、「その子の権利が尊重され、尊厳が大切にされる環境がある」ことでもあります。

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地域で生まれた多様な活動と共通する点

 では、権利主体の一人として、その子の権利が守られ尊重され、尊厳が大切にされるとはどのようなことでしょうか。PIECESが各地域の団体とともに運営す「Citizenship for Children」から生まれた各地域での芽吹きから考えてみたいと思います。

 私たちPIECESでは、Citizenship for Children(CforC)というプログラムを通して、地域で子どもの日常に関わる人たちの市民性の醸成・エンパワメントによって、子どもたちに対して柔軟で主体的なアクションが生まれることを目指しています。今年度は「子どものための支援から、わたしたちのwell beingへ」をテーマにプログラムを行ってきました。

 「子どもが子どもとしていられる」ためには、「子どもの隣にいる私も私としていられる」ことが大切であり、それぞれがそれぞれのwell beingを大切にしながら共にいるあり方と、そのための行動の背景にある自分の感情や価値観などを絶えず振り返り、学び合い、探求実践していくことが必要なのではないかと感じます。

 地域で生まれている活動はとても多様であり、型が決まっているわけではありません。幾つかを挙げてみると……

 たとえば、誰もがふらっとたちよれる駄菓子屋さんを地域のさまざまな人たちと協力しながらつくっていたり。

 たとえば、シャボン玉という町の風景に溶け込むような営みを通してそこに集う子どもたちと遊ぶ中で、子どもと一緒に町の風景をつくっており、風景となるからこそ、そこに来ることが当たり前になっていったり。

 たとえば、子どもと一緒に、大人も全力で楽しめてしまう焚き火やウォータースライダーをつくって、楽しんでいる大人の背中にとの出会える場があったり。

 たとえば、自分の過去の体験やそこから生まれた願いや感情を振り返りながら、今の子どもの声を聞いて生まれた若者にとってのいつでも頼れる場が生まれていたり。

 こうしてみると、確かに「決まった型」はないけれど、共通している点があります。それは、

「自分が自然でいられる=自己一致している」
「自分も子どもも共にその間をつくる人であると感じている」
「自分のwell beingと子どものwell beingの往復運動の中で、それぞれにとって『ちょうどいい間』を求し続けている」
「誰かにために、ではなく、『共に』その場の風景を育むという関係値が生まれている」ということ。

 そして、「自分でいられることと、相手が相手でいられること、その子がその子でいられること」の共存を模索する時におこる葛藤も引き受け、揺れながらも、あえてその葛藤の先にある風景を見ようとしていることです。

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筆者

小澤いぶき

小澤いぶき(おざわ・いぶき) 児童精神科医、認定NPO法人PIECES 代表理事/Reframe Lab

精神科医を経て、児童精神科医として複数の病院で勤務。トラウマ臨床、虐待臨床、発達障害臨床を専門として臨床に携わり、多数の自治体のアドバイザーを務める。人の想像力により、一人ひとりの尊厳が尊重される寛容な世界を目指し、認定NPO法人PIECESを運営している。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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