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「文化シーン」ジャンル完全無視・2021年ベスト10

[再開番外編]展覧会「横尾忠則」、舞台『水の駅』、映画『サマー・オブ・ソウル』…

金平茂紀 TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

第8位:映画『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』

 ぶったまげた。1969年のハーレム・カルチュラル・フェスティバルがこれほどまでに当時の最前線のスターたちが結集した黒人文化の称揚の場であったとは。特に、ニーナ・シモンのステージ上でのアジ演説は強烈だった。キング牧師が暗殺された翌年のことだものなあ。スライ&ザ・ファミリー・ストーンのスライの歌の歌詞もすごいや。若きスティービー・ワンダー。マヘリア・ジャクソン。フィフス・ディメンションのライブなんかみたことがなかった。「輝く星座—アクエリアス」をレコードでだけ聴いていた。この力の強さはブラック・ライブズ・マターの比じゃない、と正直思ってしまった。同時に何でこのフィルムがお蔵入りになっていたのかを考えさせられた。69年はウッドストックに代表されてしまっていたのだ。ハーレム・カルチュラル・フェスティバルは、ヤバすぎてもういいよ、だったのだろう。

第7位:麿赤兒+フランソワ・シェニョー『ゴールドシャワー』(世田谷パブリックシアター)

 大駱駝艦を率いる舞踏家の麿赤兒と、仏コンテンポラリーダンスの寵児フランソワ・シェニョーの最初の邂逅から7年を経て実現した競演ステージ。正直に言えば、麿赤兒はシェニョーにかなり「食われていた」印象があったが、わが国の文化庁は麿さんに今年の芸術祭の舞踊部門の大賞を与えていた。あはは、よくわからん。それに比べると、国分寺の天使館の決して大きくないスペースでみた笠井叡のソロダンスに心躍った記憶が残っている。酒井はな+岡田利規の『瀕死の白鳥 その死の真相』もよかった。モスクワに住んでいた当時、マイヤ・プリセツカヤの『瀕死の白鳥』の舞台を実際にみていたので、その厳粛な権威性をあっけなく解体してしまうことに戸惑ったけれど。

麿赤兒&フランソワ・シェニョー「ゴールドシャワー」 (c)Laurent Philippe拡大麿赤兒&フランソワ・シェニョー『ゴールドシャワー』 © Laurent Philippe
酒井はな+岡田利規『瀕死の白鳥』パンフレットより拡大酒井はな+岡田利規『瀕死の白鳥』パンフレットより=撮影筆者

筆者

金平茂紀

金平茂紀(かねひら・しげのり) TBS報道局記者、キャスター、ディレクター

TBS報道局記者・キャスター・ディレクター。1953年、北海道生まれ。東京大学文学部卒。1977年、TBSに入社、報道局社会部記者を経て、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長、コロンビア大学客員研究員などを経て、2010年より「報道特集」キャスター。2004年、ボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『沖縄ワジワジー通信』(七つ森書館)、『抗うニュースキャスター』(かもがわ出版)、『漂流キャスター日誌』(七つ森書館)、『筑紫哲也『NEWS23』とその時代』(講談社)など多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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