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ゆるキャラ「すみっコぐらし」は、現代のアイデンティティ物語だ

「生きづらさ」への鋭いまなざしと批評性を備えたストーリーの魅力

西郷南海子 教育学者

 この年末年始、クリスマスなどでお子さん(お孫さん)に「すみっコぐらし」のグッズをプレゼントしたという人も多いだろう。淡い色合いの丸いキャラクターは、どれも柔らかな雰囲気で、キャラクターグッズにありがちなケバケバしさがない。つまり、子どもにとって流行りのキャラクターである一方、大人にとっても買いやすい部類のキャラクターである。

 ところがそのキャラクターと生い立ちに迫ろうとすると、その壮絶なストーリー性に圧倒される。決して「ゆるキャラ」の枠にとどまらない、現代社会の生きづらさへの鋭いまなざしを秘めているのである。本稿では、小学生から大人まで圧倒的な人気を誇る、「すみっコぐらし」の秘密に迫りつつ、その共感の根底にある「生きづらさ」について目を向けたい。

すみっコぐらし大集合(C)2019 SAN-X CO., LTD. ALL RIGHTS RESERVED.拡大すみっコぐらし大集合(C)2019 SAN-X CO. , LTD. ALL RIGHTS RESERVED

隅っこで肩を寄せって暮らすキャラクターたち

 「すみっコぐらし」は2011年に(株)サンエックスの社内コンペで生まれた。その年に入社した新人デザイナーのよこみぞゆり氏が、大学時代のノートの切れ端に描いたキャラクターを再度練り上げたものである。売り上げは順調に拡大し、2019年の時点で「関連商品の売り上げは年間約200億円、アイテム数は1万を超え」た(朝日新聞2019年8月1日 )。

 よこみぞ氏のノートでまず考案されたのが、現在でいう「たぴおか」に似たキャラクターで、「吸いにくいから残されてしまったひねくれものという設定」だった(朝日新聞, 同上)。

 この点からもわかるように、「すみっコぐらし」とは社会の表舞台の中心にはいられない事情を抱えたキャラクターたちが、隅っこで肩を寄せって暮らしているということが、メインコンセプトとなっている。表記で「すみっコぐらし」と「コ」がカタカナになっているのも、空間的な角を意識させている。

 2014年に第1刷が発行された『すみっコぐらし ここがおちつくんです』(絵と文 よこみぞゆり, 主婦と生活社)では、メインキャラクターそれぞれの「解題」がなされている。

 「しろくま」…北極生まれながらその寒さに耐えられず、一人南下。さびしがりやで、相棒の「ふろしき」を愛用している。

 「ペンギン」…黄緑色のボディは、先祖がカッパだったことを予感させるが、真相はわからない。自分探しに苦しんでいる。

 「ねこ」…他のキャラクター同様に丸みを帯びた体をしているが、本人は痩せてスリムなねこにならなければと焦っている。

 自分は一体誰なのか?北極から逃げたしろくま、色のおかしなペンギン、いつまで経ってもダイエットに成功しないねこは、自分でも自分の生き方に悩みを抱えている。他のキャラクターも見てみよう。

 「とんかつ」…トンカツの端っこで99%が脂身の部分。「油っぽいから残されてしまった」

 「エビフライのしっぽ」…トンカツ同様、人間の都合で硬いからと残された。
 「たぴおか」…吸い残された4粒。

 これらは、人間によって一方的に引かれた線引きによって、排除される側となった痛みを抱えて生きている。ここまで見ただけでも、「すみっコぐらし」が、アイデンティティとその承認をめぐる切実なストーリーであることがわかるだろう。もう少しキャラクター読解を続けよう。

 「にせつむり」…なめくじが殻をかぶっている。「うそをついていることをうしろめたく思っている」

 「とかげ」…恐竜の生き残りだが、カミングアウトしてしまうと捕獲されるので、とかげとして生きている。そのことによって恐竜の姿をした母親から引き離されている。

 (以上、『すみっコぐらし ここがおちつくんです』から要約、引用)

 この「にせつむり」と「とかげ」は、自分の生き方が、他者を欺いているという罪悪感に苛まれながらも、生存戦略というよりも「殺されないための作法」としてこのように生きることを選択している。

 以上、主なキャラクターについて概観したが、どれもアイデンティティの揺らぎの中で「自分は◯◯になれていない」「自分は◯◯ではないのでは?」と自問自答を繰り返している。これらの問いは私たちの日常でも、あちこちで直面する問いである。

 特にSNSの普及にともない、SNS上の自分と本物の自分の解離を苦しく思う人も多いだろう。また消費社会そのものが、私たちが私たちであることを許さないという側面もある。電車に乗れば目に飛び込んでくるのは、脱毛に英会話、自己啓発本の広告である。「○○になれ!」と常に追い立てられながら私たちは暮らしている。

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筆者

西郷南海子

西郷南海子(さいごうみなこ) 教育学者

1987年生まれ。日本学術振興会特別研究員(PD)。神奈川県鎌倉市育ち、京都市在住。京都大学に通いながら3人の子どもを出産し、博士号(教育学)を取得。現在、地元の公立小学校のPTA会長4期目。単著に『デューイと「生活としての芸術」―戦間期アメリカの教育哲学と実践』(京都大学学術出版会)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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