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膀胱がんに罹った医師が考えた「死の苦悩」と「安楽死・尊厳死」のこと

53歳でがんになったがん“専門家”の医師は何を悩み、死についてどう考えたか?

松永正訓 小児外科医・作家

 53歳という比較的若い年齢で膀胱(ぼうこう)がんに罹(かか)った。このがんには、毎年およそ2万人が罹患し、そして約4千人が亡くなるとされている。私の場合は早期に発見されたため、主治医から90%治ると言われた。これは逆に言うと、10%の確率で命を落とすということだ。新型コロナウイルス感染症よりも、はるかに死亡率が高い。

Vitalii Vodolazskyi/shutterstock.com

膀胱がんに罹患。再発2回、摘出術3回

 膀胱がんの特徴は時間的・空間(場所)的に多発することにある。つまり、何度も再発する。そして、再発するたびに腫瘍が進展する可能性が高まる。粘膜内にとどまった膀胱がんは切除術で治療が完了するが、わずか数ミリの粘膜を超えて筋層まで達すると膀胱全体の摘出術が必要になる。そうなると当然、尿路のストーマ(出口)を造らなければならない。体の機能の一部を失うのは恐怖である。

 実際、私は2回の再発を経験し、3回の摘出術を受けた。最初の再発では腫瘍は膀胱内の7カ所に及んでいた。

 治療の経過中、たびたび合併症に見舞われ、日常生活はもちろん仕事にも影響がでるような痛みの連続だった。私が経験したことは近著『ぼくとがんの7年』(医学書院) に詳述した。以下、闘病を通じて感じたことを述べていきたい。

患者は誰でも弱い存在

『ぼくとがんの7年』(医学書院)
 私は、自分ががんの専門家だという意識があったため、自分のがんに対して最良の判断や選択ができると思っていた。ところが、実際はまったくそうではなかった。自分の知識が役立たなかっただけでなく、論理だって理詰めでものを考えることができなかった。あるときは異常に事態を悪い方に考え、別の場面ではぬか喜びしてしまった。

 こういった心情は、患者の心の弱さからくるものである。患者とは誰でもひとしく弱い存在なのだと思い知らされた。

 ただ、医師であるがゆえに、治療がスムーズに進んだ場面もあった。それは、度重なる合併症が起きても、主治医に対して不信感を持たないで済んだことである。

 医療に合併症は避けられない。特に外科系の医療では、合併症はある確率で必然とさえ言える。私自身が長い小児外科医としての経験からそのことを知っていたので、主治医ときちんとコミュニケーションをとることができた。

患者の孤独を味わう

 逆の場面もあった。治療の途中で水腎症(腎臓から出る尿の流れがブロックされて腎臓に尿がたまり激痛になる)におちいったとき、主治医は腎臓に針を刺して、腎ろうを造って尿を逃がすという治療法を提案した。自分の水腎症の状態を超音波検査のモニター画面を見ながら、それは技術的に不可能だと私は判断せざるを得なかった。

 私自身も小児に腎ろうを造った経験が何度もある。その経験からして、自分の腎臓には針を刺すことのできるスペースがあまりにも狭いと考えたのだ。私の判断が正しかったのか、そうでなかったのか今でも分からない。ただ、主治医を信頼しながら、その治療方針を丸ごと受け入れることができない心理はなかなか苦しい。

 医療の基本は「説明と同意」にあり、説明された以上は医師にすべてを任せたいという心理が患者には必ずある。任せきれないという気持ちになったとき、私は患者の孤独を味わった。

takasu/shutterstock.com

人間とは悩む人間だと悟る

 さて、膀胱がんに罹って何か得るものがあったのかと言えば、なんとも答えに窮する。

 「医師は患者になって一人前」と先輩の医師から言われた経験がある。確かにそれは当たっているかもしれないものの、やはり53歳でがんなどには罹るものではない。そういう経験を通じて二つのことを考えた。

 まず、人間とは悩む生き物だと悟った。私は闘病の過程で、くり返し「死の悩み」に苛(さいな)まれた。

 泌尿器科の医師から見ればオーバーだと思うかもしれないが、患者は文字通り必死になって治療を受ける。がんが進行したら、経済的にどうなってしまうのだろうか? 身体の痛みはどこまできついのだろうか? この心の不安をどうすればいいのだろうか? そもそも自分はなぜこんな不条理な目に遭わなくてはいけないのだろうか? そういう悩みが押し寄せてきた。

 人というのは普段、前向きのエネルギーで生きている。「いい仕事をしよう」とか「豊かな生活をしよう」とか、アクティビティーが前向きである。ところがあるとき、病などの障壁にぶち当たってしまう。そして悩む。悩むと、その悩みをどうやって解決しようかと、いわば後ろ向きにエネルギーを消費する。

 こうしたアクティビティーは言ってみれば敗戦処理のようなもので、疲労する一方で何も生み出すことはない。

悩みの突き当たりにぶつかって

 ところが、後ろに向かってじりじりと退いていくうちに、突き当たりにぶつかる。悩みの限界点みたいなものだ。精神的には開き直りの瞬間なのかもしれない。

 すると、悩むことに対して少し物ぐさになれる。少し発想を転換して、人間は「悩んで当たり前」と考えてみると、心の荷物がふっと軽くなる。

 闘病の真っ最中にこういう心境に到達することは容易ではないが、頼れる人には頼って、悩みを人に放り投げてしまうくらいの気持ちになれればいいなと感じた。

taviphoto/shutterstock.com

死について冷静に考えられるように

 闘病を通じて考えたもう一つのことは、膀胱がんの再発の嵐が去ったころに、冷静に自分の死を考えられるようになったことが挙げられる。初発から7年が経ち、自分が還暦を迎えたのも大きいだろう。

 60歳で人生が終わるわけではないが、日本人男性の平均健康寿命まであと12年である。やはり歳をとったと思った。歳をとれば、死を想う。また近年、安楽死・尊厳死の議論が活発になったことも影響した。

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