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神業の着地は生き様そのものだった~スポーツ界の至宝・内村航平引退

国内外40連勝のキング・オブ・ジムナスト 引退は新たな探求の始まり

増島みどり スポーツライター

拡大引退会見で話す内村航平選手=2022年1月14日、東京都品川区

16年間「体操ニッポン」を背負ったオールラウンダー、6種目の引退試合に挑む

 濃紺のスーツで引退会見に臨んだ内村航平(33=ジョイカル)の顔は、清々しさに満ちていた。

拡大ロンドン五輪の男子個人総合で優勝し、金メダルと花束を掲げて喜ぶ内村航平=2012年8月1日
 体操歴30年のうち実に16年間、競技だけではなく「体操ニッポン」の看板を背負い続けた。ケガに苦しんでいても、不振にあえぐ状況でも、どんな質問も逃げずに、率直に言葉を重ね続けたエースにとって、引退会見もまた、重要な「着地」だったのだろう。

 「ただただ引退するんだな、みたいな感じで……今のところ実感があまりない」と、集まっていた150人を越える記者たちが拍子抜けするような、軽快な口調で切り出した。練習は毎日続けており、寂しさや虚脱感にふと襲われるような時間すらないようだ。

拡大左から【あん馬】ロンドン五輪個人総合の演技=2012年8月1日【平行棒】北京五輪団体総合予選で16点台をマークした演技=2008年8月9日

自分が自分であるために……痛い体にムチ打って

 3月12日に、6種目のオールラウンダーとして「KOUHEI UCHIMURA THE FAINAL」(東京体育館)と題した引退試合を企画。「どんな状態でも、常に6種目やりたいとずっと思ってきた。(東京五輪で出場した)鉄棒だけで終わるのは、自分が自分じゃないみたいなので、全身痛い体にムチ打って6種目やろうと思っている」と、明かす。

 12年ロンドン、16年リオデジャネイロ五輪連覇と、世界選手権6回優勝を合わせて世界大会8連覇、さらに国内外での個人総合40連勝と、比類なき偉業を果たす過程で「6種目やってこその体操選手」と、言い続けたプライドと深い愛情を、「ムチ打って……」とユーモアたっぷりに表現した。

拡大左から【跳馬】英グラスゴーでの世界選手権の演技=2015年10月30日【鉄棒】北京五輪個人総合決勝の最終種目・鉄棒で離れ技のコールマンを決めた=2008年8月14日

レジェンドの引退決断は「案外スンナリと」

 引退を決断したのは昨年の東京五輪から、生まれ故郷の北九州で行われた世界選手権(10月)を迎えるまでの時間だった。「世界一」と自負してきた練習量、質をこなせず、「これまでは、どんなにしんどい日でもやり切ることができたのに、気持ちを上げていくのも難しかった」と、答えを出したという。

 その心境を問われると、「(その決断も)案外スンナリと……」と、決断に苦悩する様子をイメージしていた報道陣を笑わせた。

拡大左から【つり輪】と【ゆか】いずれもリオ五輪の個人総合の演技=2016年8月10日

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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