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神業の着地は生き様そのものだった~スポーツ界の至宝・内村航平引退

国内外40連勝のキング・オブ・ジムナスト 引退は新たな探求の始まり

増島みどり スポーツライター

リオ五輪の「神業」の着地と、最後の試合で決めた「生き様」としての着地

 内村は、質問者が「質問は聞こえていたのだろうか?」と、時に不安に思うほど熟考し、言葉を慎重に選ぶ場合が多い。しかし引退会見中、間髪を入れずに即答した質問がある。「自分の体操でもっともこだわってきたもの、誇れるものは?」と聞かれた瞬間、「着地です」と力を込めて言い切った。

拡大ロンドン五輪の個人総合決勝の鉄棒で着地を決める内村航平(12枚を合成)=2012年8月1日

逆転金メダルの伝説の着地は「ピタリじゃなくてフワリ」

 最高の着地は?と聞かれれば、自身も、体操関係者も、リオデジャネイロ五輪個人総合最終種目の鉄棒で、0.901点差を逆転し金メダルを獲得した伝説の着地をあげる。トップに立っていたオルグ・ベルニャエフ(ウクライナ)の着地はわずかにぐらつく。内村は難しい技である「後方伸身2回宙返り2回ひねり」で下りながら着地を決め、わずか0.099点の差で五輪連覇を達成。大会後しばらく経って、この時の着地について話を聞いた。

 「鉄棒から手を放す時には、着地が成功するか失敗するかはもう決まっているんじゃないかと。(リオでは)降りて来る自分を、自分が見ているくらい余裕を感じました。(メディアは原稿に)着地をピタリ、と表現してくれますが、あの時はピタリじゃなくて、どこにも、何の衝撃も感じずにフワリと……そんな感覚でした」

拡大リオ五輪個人総合の最終種目の鉄棒で、伝説となった着地を決めた瞬間の内村航平=2016年8月10日

綿密な計算・技術・練習―全身全霊で追い続けた神の領域

 体操の採点規則には「正しい着地」の定義が記されている。

 「正しい着地とは、偶然の結果により収められたものではなく、準備がなされた実施である」(一部抜粋)。いくら演技の完成度が高くても、着地の失敗で0.1点から、転倒などでは最大1.0点まで減点されてしまう。

 緻密な計算、それを可能にする高度な技術、何よりも偶然を徹底的に排除する練習の成果として、着地こそ「体操のキング」が全身全霊で追い続けた究極の技であり、神業の領域にも近づくものだったのではないか。

満身創痍の中で最後まで見せた―「これが体操だ。本物の着地だ」

拡大2017年のモントリオールでの世界選手権で個人総合7連覇を目指していた内村航平は予選の跳馬の着地で足を痛め途中棄権した
 一方、競技会としては最後となった北九州世界選手権で見せた種目別鉄棒の着地は、全く違う。

 五輪連覇を果たした翌17年のモントリオール世界選手権跳馬で、大技を決めた代償に足首を痛め、7連覇の夢を絶たれて棄権。ここから体中を襲う勤続疲労との孤独な闘いが始まったといえる。

拡大東京五輪の予選の鉄棒で落下した内村航平=2021年7月24日、有明体操競技場
 肩を壊し、様々な治療法を模索しながら東京五輪のために個人総合を断念して鉄棒のスペシャリストに転向。H難度の大技「ブレトシュナイダー」を成功させるが、五輪イヤーの昨年春には、新型コロナウイルスの感染拡大のために、プロ活動を支援した所属企業「リンガーハット」が業績悪化で契約を打ち切る事態に。五輪4大会連続出場を叶えメダルを狙った東京だったが、落下で幕を閉じた。

 そうして迎えた世界選手権鉄棒の決勝(6位)で「これが体操だ、本物の着地だというのを見せられた」と引退会見で振り返った。

 「本物の着地」との表現に、技術だけでも、体力だけでも、また精神的な強さだけでもなく、生き様が止めた着地だったとの思いが込められているように聞こえた。神業の領域で止めた栄光の着地と、挫折を多く経験した末に止めた生き様としての着地。自身の名前が冠された技はなかったが、着地こそ、内村にしかできない「ウチムラ」という名の技だった。

拡大北九州市での世界選手権の種目別決勝、鉄棒の演技で着地を決めた内村航平=2021年10月24日

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筆者

増島みどり

増島みどり(ますじま・みどり) スポーツライター

1961年生まれ。学習院大卒。84年、日刊スポーツ新聞に入社、アマチュアスポーツ、プロ野球・巨人、サッカーなどを担当し、97年からフリー。88年のソウルを皮切りに夏季、冬季の五輪やサッカーW杯、各競技の世界選手権を現地で取材。98年W杯フランス大会に出場した代表選手のインタビューをまとめた『6月の軌跡』(ミズノスポーツライター賞)、中田英寿のドキュメント『In his Times』、近著の『ゆだねて束ねる――ザッケローニの仕事』など著書多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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