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嶋川武秀市議が訴える「高岡ポジティブ条例」案にネガティブな理由

赤木智弘 フリーライター

地域愛の規範を誰が決めるのか?

 具体的な案が出ているわけではないので細かな批判はできないが、この条例の基本的な発想には民主主義の根幹を揺るがす問題が含まれるであろうことは、容易に想像がつく。

 制度として「地域愛」を語ろうとすれば、そこに権力者が「地域を愛するとはこういうことだ」という規範を作り上げるしかない。

 つまり条例として「何が高岡を愛するポジティブな発言か」「何が高岡を愛さないネガティブな発言か」を判断することになる。

 一番分かりやすい地域愛である「愛国心」には、それこそ「天皇陛下を崇め奉ることが愛国だ」「靖国神社に参拝するのが愛国だ」「自衛隊を賛美するのが愛国だ」という“規範”を主張する人たちがいる。

 その一方で「自衛隊のありかたに懸念を示すのは反日だ」「国を良くしようとしている政権与党を批判するのは反日だ」「昭和天皇の肖像を燃やすアート作品は反日だ」と、彼らの考える愛国心という規範から逸れたものを「反日」と見なす人たちも多い。

 しかし、戦争に反対したり政権与党を批判したりすることは、本当に「反日」なのだろうか?

 そうした人たちも、日本という国を愛するからこその反対や批判であることは言うまでもない。

 だが、国が制度として「愛国の形」を作り上げれば、「国を批判することは反日」と見なされてしまう。それは民主主義の崩壊である。

高岡市の人気観光スポットの一つ、高岡大仏拡大高岡市の人気観光スポットの一つ、高岡大仏

 それは高岡市のような地方においても同じである。

 例えば

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筆者

赤木智弘

赤木智弘(あかぎ・ともひろ) フリーライター

1975年生まれ。著書に『若者を見殺しにする国』『「当たり前」をひっぱたく 過ちを見過ごさないために』、共著書に『下流中年』など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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